小説 | ナノ 動揺


徐々に環境に慣れてきた頃、我が家には日用品が増え始め、元々出歩くのが好きではなかった私は毎日仕事から帰ってはゴロゴロとビールを飲んだり、ゴロゴロと雑誌を読んだり、すっかり出不精ライフを満喫していた。そして同時に、職場と家の往復生活にマンネリを覚えた頃でもあった。平和に地味な生活を続けていけることはそれ自体が幸せなんだと自分が死んだときに悟ったはずだった。だけど、職場のおばちゃんたちに囲まれてかわいがられているうちに、だんだんと人が恋しくなったのも事実。

誰かと仲良くなろうとまでは思わない。ただ散歩して、団小屋の看板娘と談笑するぐらいなら、いいんじゃないかなと思った。ここで生きていくなら最低限町のことは知っておかないと。

ということで、今日は休みの日。

意気揚々と出てきたはいいが、職場とは反対の通りに歩を進めるにつれ、風俗店が多く軒を連ねているのを目撃し、しまいには“スナックお登勢”を発見してしまった。気づかなかった。ここはかぶき町だったのか。

だからと言って、どうこうしようとは思わないのだが。こういうのは遠巻きに眺めているほうが面白い。巻き込まれたら大変なのは目に見えているし。現に、こうやって遠くからチャイナ娘とサディスティック王子の喧嘩(殺し合い?)を見ているのは楽しくもあった。

缶コーヒー片手に公園のベンチで休憩していたとき、一方的に見知った顔が2つ現れて、サド王子のちょっかいにチャイナちゃんがぶちギレたことから始まった喧嘩(殺し合い)。始めは知ってるキャラクターに「おおー」と感動はしたが、徐々に激しくなる叫び声と殴りあう音。アレに関わろうとするほうが間違っている。

やはり私の見解は正しかったと、チビチビコーヒーを飲みながら眺めていたとき。ふと隣に誰かが座った。

電車で隣に人が座ったら、無意識に見てしまうのと同じように、視線だけでチラリと確認する。一瞬だけ見えたその人は、体格から言って男性だろう。それに全体的に白くて、なんとも気だるい空気が漂っていた。

(まさか、まさか……)

顔も確認していないが、隣の人物が誰かなんて想像に固くない。肘を背もたれにかけて足を広げて座る隣の人。視界に映る着流しの柄。

坂田銀時

この世界の中心が、私の隣にいる。そう理解した途端、この場にいることが怖くなった。何故かは分からない。でも早く帰りたくなった。心臓の鼓動が激しくなるにつれ、やっぱり家でゴロゴロしとけばよかったと思った。私は缶コーヒーを一気に胃へ流し込み、急いで立ち上がり、公園の出口まで駆け出そうと脚を踏み出す。

「……っ!!」
「危ねー」
腕を掴まれ前に進めないと気づいたときには、顔の前を何かがとんでもない速さで通りすぎていった後だった。
「ごめんヨ〜銀ちゃん!こいつの靴臭くて投げ飛ばしてしまったアルー!」
「んだとこのメス豚!」
「ったく、一般人を巻き込むなよォ〜」

左腕を掴まれ、右足を一歩前に出し、前を向いたまま固まる私の後ろから聞こえる会話。腕、掴まれてる……
「お姉さん、大丈夫か?」
「……は、あ、はい、大丈夫です」
「あっそ」

冷や汗を流しながらぎこちない返事をした私に目を向けるも、何事もなかったかのように手を離し、再びベンチにもたれ掛かる坂田銀時。





一心不乱に走って、玄関を開けたときのいつもの匂いに安心したのを覚えている。腕を離されてすぐに駆け出した。未だに残る手の感覚。まだ、心臓は激しく動いている。


あの時、怖いと感じた時、何故怖いと思ったのか分からなかった。何を怖がる事があるのだろうかと。だけど、思ったのだ。

今までは銀魂の主要キャラに出会わずに過ごしてきた。あまり元の世界と変わらないから、だからこそ、遠くの地で一人暮らしをしている気分だったのだと思う。それがこうして近くにその存在(二次元で生きている人物)を感じて、私はもう、本当に三次元の現実に存在する人間では無くなってしまったと感じた。

一度死んでいるとはいえ、元の世界であったなら、家族を見守って、友人を見守って、そうして生まれ変わる心の準備をして、なんの未練も残さずに生まれ変われただろう。
だが私は二次元の存在になってしまった。
受け入れたはずだ。
覚悟はしていた。

だから、彼の存在に、熱に、動揺してしまっただけだと思いたい。




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