小説 | ナノ


あれからしばらく経ったが、私は言われた通り、というか言われなくても大人しく日々を過ごしている。銀時はまだ動いていないようだった。

普通に考えれば、暴力事件として警察に知らせるべきなんだろうけど……銀時はどうするつもりなんだろう。ぶっ潰すって、よくよく考えればすごく抽象的だし。文字通りボコボコにぶん殴って店を破壊させるとか?

……あり得るな。


思考を一旦止めてエレベーターに乗り込み、中の鏡で軽く身なりを整えた。病院に来るのは久しぶりだ。手に下げた袋には彼女が好きなチョコバーを何本か入れている。タバコはさすがに手土産には出来ないけど、少しでも気が紛れればと思って。

病棟についてエレベーターが開くと、一人の男性がドア付近で立っていた。上質な生地の着物を身にまとい、一見するとエリートのようだ。
こちらが降りるより先に乗り込んでくるものだから少し肩がぶつかったが、男性は無言だった。人のことは言えないものの愛想の欠片もないな。エレベーターを降りてそのドアが閉まる寸前に見た顔はやはり無表情で、私も外から見たらあんな感じなのかなと少し己を省みた。



まっすぐに病室に向かいドアを開けると、明るい声で久しぶりーなんて言葉がかかるかと思っていたが彼女は顔を押さえながらうずくまっていた。
「どうしたの」
近くに寄って顔を上げさせると、口角が切れて血が滲んでいた。赤く腫れて、きっと明日になったらどす黒い痣になるだろう。でもなんで病院にいるのに?
「どうしたの、これ」
「……店員さん」
「なに」
窓の外、街の夜景を見ながら遠い目をして彼女は言った。

「あたし昔から落ちこぼれだったんだ。貧乏でまともに勉強できなくてずっと馬鹿にされてきたの。親も同じでさ、社会の落ちこぼれって呼ばれてた。だから寺子屋にも通えなくて家にも居場所がなくて、でも腹は減るわけよ。それで金に釣られていつの間にかこんなになっちゃった。いつも思う。どこで間違えたんだろうって。なんかさ、ここに居たら答えが見つかったわ。最初からなんだよね。もう生まれた時から間違ってた。……でもさ、このまま死んでくのも嫌なんだ」

ポツリポツリとこぼれるように出てくる言葉は、きっと彼女の核心だ。

確かに普通の家庭ではなかったかもしれない。普通の経歴ではなかったかもしれない。だけど、普通の家庭に育っても、普通の経歴を歩んでも、人と違う人間は生まれるものだ。彼女が生まれた時から間違ってたなら、私はきっとどこかで間違えた人生なのだろう。

「どうして、生きるって難しいんだろうね」
「え?」
「あなたには弱さを知ってる強さがある。弱さに溺れないで抗う強さがある。私には眩しく映るよ。それにまだまだ若いんだからさ、なんだって出来ると思わない?」

そう言うと、彼女は少し吹き出して笑う。
「……店員さんも大して歳変わらないじゃん。でも、そうかもね。あたしさ、寺子屋に通えなかったから、そういう子供たちに勉強教えたり居場所を作ってあげたいって前から思ってたんだ。この年になって教育とか居場所があるって大切なんだって思った。夢なんか持っちゃって恥ずかしいけど……こんな生活、変えられるかな」
「死ぬ気になれば案外世界なんて、簡単に変わるもんだよ」
随意的であれ、不随意的であれ。
「死ぬ気とか世界とかスケールデカ過ぎ」
けらけらといつものように笑って、彼女は手土産の袋に気がついたらしく「わーい」とまた笑った。

帰り際に、嫌がる彼女を説得してナースコールを押した。消毒液が痛いから嫌だと騒ぐけど、膿むよりいいだろう。
「じゃあね」
「うん、チョコバーありがと」
結局、口角の傷はどうしたのかわからないままだったが、想像は出来る。問い詰めるよりも今はこのまま帰った方が彼女にとっては良いと思った。

ドアに手をかけたところで、ねえ、と明るい声がかかる。
「今更だけどさ、店員さんの名前教えてよ」
「……山田花子」
「花子さんね!あたしは松子、よろしく」






翌日、万事屋に訪問するも銀時は不在だった。神楽が「最近銀ちゃんこそこそしてるアル。帰ってくると香水の匂いがプンプンするネ。本当不潔」と年頃の娘が父を嫌うような目で話してくれた。きっと松子の店に通っているのかも。

店の場所は、彼女らを善からぬ連中と言っていた店主に聞けばすぐに分かった。仕事終わりに寄り、通りを挟んでその建物を眺めると、他のビルより幾分小さく分かりづらい場所に建っていることが分かる。隠れ家的なものを目指しているのか知らないが、犯罪や暴力を生業とする連中には良い場所なんだろう。だって看板すらないのだから。オフィスビルと言われればそう見える。

「あれ、こんなところで何してるの?」
振り返ると、赤毛の派手な女性が立っていた。わざわざ松子が入院していることを伝えに来た子だ。この子も私より年下である。
たまたま通りがかっただけ、と嘘をつけば彼女は信じたようだ。これから仕事かを聞くと彼女はやけに気合いが入ったように大きく息をした。
「今日は特別な日なの」
「そうなんだ」

仕事の内容まで聞くつもりはなかったが、目が話したそうに訴えている。
「……何かあるの?」
「実はね、万事屋の銀さんにこの店をぶっ潰して欲しいって依頼したのよ。その実行の日が今日!女の子達には私から伝えてみんな協力してくれる。まあ合図と同時に逃げるだけだけどねあたしらは。金のためとはいえ、この店は暴力が日常だから。店もそうなら客も客でさ、うんざりなんだよ」
腕時計をチラリと見て、彼女は手を降りながら軽やかに道を横切り店に入っていった。

気をつけて、なんて安っぽい言葉しかかけられなくて、私は何もできないんだと思い知る。そう、銀時が言ったように大人しくしていることしかできない。

何となくここから動くことができなくて、三十分程経った頃か、銀時が店に入って行くところを見た。





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