小説 | ナノ 作戦


新しい仕事が決まった。
大家の紹介で、高齢で出歩くのが大変だというお爺さんが経営する小さな店の店番だ。駄菓子とか文房具とか、子供向けのお店だがカウンター脇には煙草が売っている。江戸だけど、昭和って感じ。
一日中座って外を眺めるだけの日もあるが、その自由な空気は私にあっているみたいだ。

「おねーさん、これちょーだい」
「五十円です」
「はい、またね!」
そんな日常。子供嫌いな私が子供を相手に仕事をしているなんて。

「お姉さん、これちょーだい」
カウンターに置かれたのは棒つき飴、五本。なんだか声が低いなあと思って顔を上げると、真っ黒な制服に身を包んだ沖田が立っていた。
「げっ」
「げ、とはひでェや、常連に向かって」
「じょ……」

渡された代金を引きつった表情で受けとると、沖田は脇に置いてある古い丸椅子をカウンターを挟んだ正面に持ってきては腰掛け、買ったばかりの飴を一本舐めだす。
「ちょっと、他のお客の迷惑です」
「他の客?どこにいんでィ」
居ないけど。
そしてまた飴を舐める。というか噛んでるな。
「いつから働いてたんです?」
「……最近ですが」
「へえ」
ガリッ、ガリガリガリガリ
「そういや、その後どうなったんですかィ?」
「その後?」
「あの優男でさァ」
「あー……どうもしませんでしたが」

店の奥からは店主が算盤を弾く音が聞こえる。パチパチガリガリうるさいなあと思えば、いつの間にか沖田は二本目の飴を食べていた。佐倉さんのことも、聞くわりには対して興味ないようだし。

それよりも、沖田が常連とは。横においてある煙草を見て思う。もしかしたら土方もここで煙草買うかもしれないな。仕入れるの止めてもらおうかな。
「というか、サボってていいんですか」
「なに言ってんでさァ、これも立派な職務ですぜ」
ガリガリ、ガリッ、ガリッ
これのどこが職務だ。

ふと、沖田の髪に赤茶色の湿ったなにかが付いていることに気づく。よく見れば黒い制服にも所々付いている。
「髪に何か付いてますよ」
「あ?ああ、多分血でさァ。ここ来る前にヤってきたんでねェ。着替えんの面倒くせェから返り血浴びねえようにしたんですが、なにぶん、斬ったヤツがよく動くもんで」
ニヤリと口元を歪めて言った。楽しんでるような、そんな口調だ。
「……仕事で、ですよね」
「仕事以外で斬るとでも?そりゃあ心外でさァ。俺がそんな人間に見えますかィ」
見えたから言ったんだ。

「それよりも、カウンターの下に隠れたほうがいいですぜ。ほら、こっちに来てらァ……五、四、」
突然のカウントダウンにつられて言葉の意味を理解する間もなくカウンターの下に身を隠す。なんだ、何が来てると言うのだ。
「三、二、一……」
「総悟ォォォォ!!」
ドアを破る勢いで開け放ち店内にこだまするは、土方の声だった。

「てめえこんなとこで何してやがる!応援要請しといてずらかりやがって!仕事ナメてんのか!つーか応援の意味分かってる!?」
「分かってますようるせーな。後始末のためでしょう?」
段々と興奮が強くなる土方とは対照的に半ば溜め息混じりで会話を続ける沖田の声に、とうとう店主が奥の座敷から降りてきてしまった。
「なんだいなんだい二人とも、ジジイの遠い耳でもうるさい声じゃな。ところで花子ちゃん、何しとるんだ?」

なに、してるんでしょうね。
体育座りで丸まっている姿は奥の座敷からは丸見えで、名前まで呼ばれてしまって、いい年してかくれんぼなんて。

沖田のせいだ。


「誰だ」
土方が言った。いいから、そのまま沖田を連れて出てってくれないか。すると店主が余計な一言を放つ。
「ほら花子ちゃん、真選組の副長さんに挨拶せえ。この店も世話になってるんじゃから」
沖田の笑顔が目に浮かぶ。いたたまれない気持ちが込み上げ、ゆっくりとカウンター下から這い出て立ち上がると、土方は思い出したように眉間にシワを寄せる。やっぱり煙草仕入れるの止めてもらおう。

「お久しぶりです」
「……んなとこで何してやがる」
「何って、沖田さんに誘われてかくれんぼですけど」
「ブッ」
沖田が吹き出して噛み砕いた飴の欠片が土方に降りかかり、なぜか私が睨まれた。
「なんでここに居る」
「店員なんです」
土方は舌打ちをして煙草をふかす。すると様子を見ていた店主は真選組と私が知り合いだったことに驚きつつも、どこか嬉しそうな表情でなんだいなんだい、と手を叩いた。
「花子ちゃん、知り合いだったのか」
「……知り合いっていうか、」
「おやじさん、この女あんまり信用しねェほうが身のためだぜ」

店主と私の会話に割り込んでおきながら土方は向きを変え、ドアへと進む。
「オイ総悟行くぞ、油売ってる場合じゃねェ」
「へいへい。それじゃあ山田さんまた」

ドアが閉まると、店内は静まり返る。店主は土方が投げていった言葉を聞いていなかったのか満足げに奥の座敷へ戻り、また算盤を弾き出した。パチ、パチンと不定期な軽い音が響く。
土方に会うのは久しぶりだった。どうも苦手だ。それにどうしたってあの医者のことを思い出してしまう。

気持ちを切り替えてカウンターに座り直すと、ドアが開いて男性が一人、真っ直ぐにこちらに歩いてくる。煙草だろうか。
「いらっしゃいませ」
「……」
「煙草ですか?」
「……」
頷きも返事もない。だが動くこともしない。

「あのー……」
「真選組の知り合いか」
「へ?」
「真選組の知り合いかと聞いている」
瞬きした一瞬のうちに目の前に刀の刃先があった。頭の中が警鐘を鳴らす。真選組の知り合いかなどとただの強盗が言うはずない。
「オイ女、答えろ」
「答えても答えなくても殺すっての無しですよ」
「ほう、随分余裕だな」

余裕?馬鹿にするな。手足ガタガタ震えてますけど。
店内には算盤の音がしていて、まだ店主は気付いていないことが分かる。店主には気づかれたくない。だからといって私には何も出来ない。
「こんな店襲っても何もメリットありませんよ」
「そうか?一番隊隊長が常連と言っていたが。お前も親しそうに話していた。使えそうだと思ったんだがなァ」

そんな始めの会話、どこで聞いていたんだ。それに、知り合いかどうか聞かなくても分かってるじゃないか。
「使えませんよ、私は。嫌われてますから」
「副長さんはそうかも知れねェが、一番隊隊長はどうだ?人質か見せしめか、少なくとも俺には価値がある。大丈夫だ、苦しまないように逝かせてやる」
もう殺す気しかないじゃないか……とふいに視線を下げたところでカウンターの上に一つ棒つき飴があった。沖田が買ったやつだ。
「よそ見してると怪我するぞ」
「っ!」
首に痛みが走り、斬られたのだと分かる。深くはない。薄皮一枚程度だが血は出ている。
「痛いか?嫌ならこちらへ来い。指示に従え」

――ガチャン
「いっけねェ忘れもんしちまった」
未だ刀を突き出す男の後頭部に、バズーカを向けて沖田が立っていた。
「てめえこそ、よそ見してると死にやすぜ」
「撃ったらこの女も巻き添えになるぞ」
「誰が撃つって言ったんでィ」

言いながらゆっくりとバズーカを振り上げ、男の頭に降り下ろした。男は呆気なく地面に倒れる。
「一人逃したと思ってたんですよねィ。ま、これで土方に怒鳴られなくて済みやした。じゃ、山田さんまた」

そう言って男を引きずりながら帰っていった。
傷口が痛むのも忘れるほどあっという間の出来事で、頭がついていかない。しかし、もしかして、とあることに気づく。気づくというか確信に近い。

沖田の髪に血が付いているのを指摘したとき、誰かを斬ったと言っていた。それが複数で、それでいて仲間のうちの一人が逃げた。そして真選組のなかでも特に沖田に恨みがある連中で、捕まえるためにこの店を利用したのだとしたら……
厄介者を通り越して
「疫病神だ」

カウンターの上の飴は、いつの間にかなくなっていた。




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