小説 | ナノ 距離


夕方になって、新八と神楽と一緒に花子の家に来た。茶化したあげく嘘をついて呼び出したお詫びのためだ。昼前に出てったっきり、花子からもあの男からも音沙汰なく、さすがに自分達がしでかした失礼の数々に気づいたといった手前だ。
しかし、家には居なかった。隣に住んでる大家に聞いても、午前中に出たきり戻ってないみたいだと返事があった。
「案外仲良くやってんじゃねーか」
「銀さん、万事屋に来たときの花子さんの目、見たでしょう?そんなのあり得ませんよ」
「そうネ。あんなヒョロっこいストーカー野郎に渡さないアル」

三人並んで軒先に座り込み、日が沈むまであいつを待った。もうじき夜になる。
「なにかあったんですかね……」
「私探してくるヨ!」
駆け出そうとする神楽を銀時は引き止めた。
「離すアル!」
「こっからは大人の時間だ。お子ちゃまは帰れ」
「銀さん!」
「そんで万事屋で灯りつけて待ってろ、引きずってでも連れて帰ってくっから」



それから、とっくに日は沈み月が高くなった。
街に飛び出して後悔する。あいつが居そうなところってどこだ。普段どこに行って何をしてるのか。

公園やら団子屋やら、居そうなところを回っては家に戻ってないかと来た道を戻ることを何度も繰り返し、精神的にも体力的にも疲労困憊。
「何してんだ、俺ァ……」
見上げた空にぼんやり月が浮かび、あいつみたいだと思った。確かに存在するのに消えそうで、届きそうで、でも掴めない。

月が見える方角に、小高い丘があった。ああ、あそこは確か――



草っぱらで寝そべるあいつを見つけたとき、おもいっきり殴ってやろうかと思った。どれだけ探したと思ってんだ。どれだけ心配かけたら気がすむんだ。新八と神楽がどんな気持ちで家で待ってるか。自分の存在が周りにとってどれだけ大きくなっているか。
こいつはなにも分かっていない。



「お前はもう大切なもんのなかに入ってる」
そう告げてから、ずっと子供みたいに目をこすって泣く花子を見下ろして、こっちが泣きたい気分だと思った。何時間町を探し歩いたか、お前に分かるか。そう思いながらも頭を撫で続ける。
「っ、痛い……っ」
チッ。何が痛いだ。優しく撫でてんだろ。

でも、まだ壁がある。線が引いてある。距離がある。どうしたって掴めないそれは、こいつが言った二、三年の間にあるのだろう。あっという間に過ぎるが人生を変えるには十分な期間。

こんだけ泣いてもなお、表に出てこないそれは、押そうが引こうが出てきやしねえんだろう。もういい。それでいい。存在がそこにあるなら十分だ。存在さえしてくれればどうにかしてこの腕を掴むことができる。連れて帰ることができる。

本当、めんどくせーよ。
なのに、なんだって離しがたいのか。

「オイ、いい加減帰るぞ」
ようやく落ち着いてきたが鼻も目も真っ赤になっている花子に手を差し出す。掴んでくれ、そんな思いと腕を引っ張りたい衝動の狭間でぐっとこらえる。まずは家に、万事屋に連れて帰ることが最優先だ。
花子がその手を掴もうと腕を上げた。手が触れたことによる安堵感でその冷たさに気づくのが遅れてしまった。あっ、と思った瞬間に手を振りほどく。

二秒も触れ合っていないが、体の軽さと花子が地面に手をつきうつ向いたことで吸いとられたことに気づく。
「チッ……」
「だって、坂田さん怒ってるから……すごく疲れてるみたいだし、迷惑料だと思って下さい」
「で、歩けねーお前をおぶってけってか?よく言うぜ」

はは、と小さく笑う花子に、諦めのため息をつく。
「俺ァまだフルマラソンも走れたぞ」
「さすがですね。元の体力が違うから私はクタクタですよ」
泣いて疲れた分も含めて今にも寝てしまいそうな花子を、今度は背中に背負った。

「ほれ、懐中電灯持って前照らせ」
「……はい」



丘を下り終えてゴトリと懐中電灯が地面に落ちた。完全に寝落ちしたらしい。まあここまで来りゃあ灯りはいらない。
よし、と気合いを入れ直して万事屋までの道を進んだ。





階段を上がって玄関を開けると、言っていたように室内は明るく微かにいい匂いもする。花子を一旦降ろして靴を脱ぎ、今度は横抱きにして足でリビングの戸を開けた。
「帰ったぞー……ってオイ」
新八と神楽はソファに身を沈めていびきをかきながら寝ていた。テーブルには冷めた夕飯が四つ並んでいる。
「……遅くなっちまったな」

花子を寝室の畳に寝せて、毛布を二枚押し入れから取りだし寝ている二人にそれぞれ掛けてやる。寝室に戻って布団を敷いて、花子をそこに移動させる。起きる気配はなかった。
夕飯はラップを掛けて冷蔵庫に閉まったし、リビングの電気も消した。懐中電灯の灯りを頼りに寝室に向かい、一応距離は離して自分の布団を敷いた。

横になって真っ暗になった天井を見上げる。
明日、いや、もう今日か。あいつら起きたら何て言うだろう。なんで起こさなかったと怒られるかも知れない。

バタンと音がして隣を見ると寝返りを打ってうつ伏せになり、こっちに向かってだらりと伸びる花子の右手があった。

(――この冷たさに耐えられますか。ずっと離さないなんて言えます?嘘ばかりつく私を好きになれますか?)

腕を伸ばしてその冷たさに触れる。
俺には到底無理だ。それでも、この手が掴めるうちは大切にしたいと思う。そんな考え忘れるぐらいに、大切にしてやる。みんなそう思ってんだからよ、目の届くとこに、手の届くとこに居てくれよ。

「……俺も大概ストーカー野郎だな」



朝をむかえて三人で謝ると、花子はいつものぼんやりした優しい顔で小さく笑った。





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