小説 | ナノ 失恋


いつかのクリスマスのように、銀時から電話が入った。手伝ってほしいことがあると。今から来られるならすぐに来てほしいと。今すぐと言うわりに切迫感はなかったが、了承した手前、出きるだけ早く家を出た。また探偵ごっこをさせられるのだろうか。

鈍った足で階段を上がりインターホンを鳴らすと、どーぞと間延びした声が返る。
「おじゃましま……」
玄関を開けて踏み出した一歩をそのままに、ああ、そういうことかと酷く頭が冷めたのを感じた。
開けっ放しの居間に通じる戸の奥に、見覚えのある姿があったから。

その間にやって来た銀時が立ちはだかり、強制的に視界を遮られる。
「んな目で見んなよ」
「……別に、いつもの目ですけど」
踏み出した一歩を後ろに戻そうと力を込めたところで、とても近いところから声がかかる。
「騙すようなことしてすみません。僕が頼んだんです、あなたに会いたくて」
銀時の隣に立ち、男性が言った。

居間では新八が心配そうな表情を浮かべて神楽は昼ドラを観る主婦のような目でこっちを覗いている。
「少しだけ、少しでいいので話だけでもできませんか」
半分笑顔で、半分泣き顔で男性は花子の顔を覗きこむ。そんな顔をさせている自分が醜く感じる。だから、会いたくなかった。
「じゃあ、場所を変えてください」
ここは、嫌だ。





後ろから尾行されていないか時折振り向きながら歩いていると、それを見て男性がくすりと笑う。終始無言だったが、男性はずっと笑顔だった。私の顔はきっと仏頂面だろう。
町なかから遠ざかり、橋を越えて坂を上ってようやく着いた場所は、ふてぶてしかった猫がいる場所。
「はあ、はあ、……ちょっと疲れましたね」
「ここまで来ないと、また茶化されるかも知れませんから」
「そっか……でもこんな場所あったんですね!すごい景色だ」
芝生の上に腰かけて息を整えながら、景色に感動する彼の横顔を見ていると、今この瞬間はすごく穏やかなものなんだと思わせられる。

「……佐倉さん、でしたよね」
「覚えてくれたんですね」
漢字は違えど、私がこの世界で一番最初に綺麗だと思ったものだ。忘れようにも忘れられない。さくら、なんて。
「あの……先ずは謝らせてください」
そう言うと佐倉は頭を垂れた。
「三日も連絡がなければ、そういうことなんだと分かっていたんです。でも諦めきれなくて……万事屋に依頼するなんて相当だなって思います。あなたに迷惑もかけた。本当にすみませんでした」

自分を好きだと言う人にそんなに丁寧に、律儀に謝罪されると居心地が悪い。
「……怒ってませんから」
「良かった」

それから色んな話をした。仕事のことや家族のこと、趣味や好きな音楽。彼が話すエピソードはどれもドラマに出てくるような話だった。家族の話なんか特に、日曜夕方の家族みたいで。なんてキラキラしてるんだろうと思う。

それなのに私は、いくつの嘘をついただろうか。


真上にあった陽が少し西に傾きかけて、街の空気が少しのんびりしてきた頃、長く感じる無言の間ができた。
すると突然佐倉は花子の右手をとった。咄嗟のことで身を引くことも出来ずされるがままにその手を重ねる。
「……僕ね、手が冷たい人は暖かい心を持ってるんだって言葉をそのまま信じて育ってきたんですよ。恥ずかしい話ですけど」
右手が佐倉の体温を奪っていく感覚がした。
「急にどうしたんですか」
「……初めて会ったあのときもあなたの手はすごく冷たかった」

佐倉が目を合わせてにこりと微笑む。
「花子さんは優しい人ですね」

そんな目で、みるな

「優しいあなたに嘘をつかせてしまってごめんなさい。無理をさせてしまってごめんなさい。僕はどうやら、あなたを苦しめてしまうみたいだ……」

ウメに言いそびれたことがある。私が人を遠ざける理由の一つが、こういう人がいるからだ。物分かりの良い優しい大人の身を按じるような言葉が、自分のなかの自己嫌悪と後悔を溶かそうとするから。そうして自分は許されようとして、結局相手は傷ついたままでいる。
「実は今日、ちゃんと振られようと思っていたんです。なのにすごく楽しかった。お団子頭の女の子にストーカーって言われたけど、会えて良かった。心の整理がつきました」

何も言えなくて顔さえ見れない状態でいる私に、最後に、と言葉を続けて佐倉は立ち上がった。
「最後に、名前読んでくれませんか」

「……惣太、さん」
「ありがとう」

じゃあ、また。
それが交わした最後の言葉で、もう二度と会わないだろうその背中を見えなくなるまで見送った。伸ばしかけた手をきつく握って。









もう空は真っ暗だ。大の字で寝そべって生えている草を撫でる。何時間もこうしているけど、まだ足りない。いっそ夜が明けるまでここに居たいくらいだ。

また瞼を閉じたとき、眩しすぎる光が顔を照らす。目を開けることが出来ずしかめた顔を手で覆った。
「お前さァ、自分が若い女だって分かってる?」
眩しい、と一言つぶやくとカチッと明かりが消えた。ようやく目を開けると意外と近いところに銀時が立ってこちらを見下ろしている。

「飢えてる野郎が来たらどうすんだ」
「例えば坂田さんとか?」
「バカヤロー帰るぞ」
ぐいっと二の腕を引き上げられて上半身が起きる。その力に力で対抗しようと、全身の筋肉を脱力させると掴まれている二の腕以外がまた草むらに戻った。実に不格好だ。
「何やってんのお前」
「まだここに居たいんです」
「失恋でもしたわけ?」
「私が振ったんですよ」
へえ、と一言呟くと銀時は二の腕を離してそのまま落ちる腕を地面に張り付けた。気づいたら見えていた空が銀時で画面いっぱいになっている。押し倒されていると言えばそうなのだろう。

「じゃあ、俺の相手してくれよ、お嬢さん」
柄にもないことを。
そっとその頬に右手で触れる。銀時は一瞬戸惑うような表情を見せた。
「坂田さんは、この冷たさに耐えられますか。ずっと離さないなんて言えます?嘘ばかりつく私を好きになれますか?」
「……どうした」
「……二、三年前に出会っていれば良かったんです。昔ならあの手を取れた。でも今は出来ない。結婚して子供を産んで二人で育てるなんて未来私には描けない。いついなくなるかも分からないのに大切なものを作りたくない」

頬から手を離す。左手で撫でてみると、やはり冷たくなっていた。その温度差が、いつも自分を現実に引き戻すのだ。
「私には恋愛は無理だったようですって、ウメちゃんに言っておいてもらえませんか?」
「おめーが無理なのは恋愛だけじゃねーだろ。俺や新八たちも、誰もおめーの中には入れねェ。それを自覚してやってっからたちが悪い。消えねェように追いかけてもするりと抜けて、近付いたと思えばこうやってまた離れていきやがる」
「……坂田さんの大切なもののなかに私を加えないで下さい」

銀時の眉間に皺がよった。
「なんで追いかけて来るんですか?なんで近付こうとするんですか?放っておけばそんな思いしなくていいのに」
「……あっそう、ならもう勝手にやらせてもらうわ」

え、と思う間もなく体は銀時の肩に乗っていて、お腹に圧がかかる。銀時が歩くとその都度お腹に少しの痛みが生じた。俵抱きってこんなに苦しいのか。
「ちょっ、坂田さん苦しい」
「あっそ」
「あっそって……お腹痛いし」
するとまた視界がぐるりと変わり、今度は臀部に痛みを感じた。そりゃそうだ。地面に投げられたのだから。
「グチグチうるせーんだよ、勝手にやらせてもらうって言っただろーが。俺ァな、てめーが泣こうが喚こうが引きずってでも連れて帰る。それを待ってる奴らがいるからな。今もこれからも、てめーが勝手に居なくなろうが逃げようが、勝手に追いかけて引きずり出してやる」

銀時はしゃがんで同じ目線になると頭に手をのせた。
「今更おせーんだよ、お前はもう大切なもんのなかに入ってる」

誰か、流れるものを止める術を教えてほしい。
「オイ、泣くな」
「お尻が痛い……」
「バカヤロー、帰るぞ」









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