小説 | ナノ 追う男


メモをもらってから三日間、連絡はおろか同じ生活圏で暮らす彼に会わないようにあの店から離れた道を使ったり、なるべく家から出ないようにしてきた。そんな状況が一変したのは昨日のこと。

自宅に遊びに来たウメが、飲み物を持って居間に戻る私にあのメモをヒラヒラなびかせて笑っていた。
「これ、なんですか?男の人?……男の人ですね!やだ、花子さんに春が来た!連絡したんですか?かっこいい人でした?タイプでした?」
「……ちょっとうるさい」
「うるさくないです!まさか連絡してないんですか?」
「……」
押し黙る私に、もー!と頬を膨らませて呆れるウメは、どうやら思ったよりも肉食女子らしい。
「いい人だと思う、けど、私とは合わないと思う」

あまりにも相手のことをしつこく聞かれてそんなことを言うと、ウメは少し表情を曇らせる。
「花子さんはさ、すぐ人を遠ざけるね」
そうだよ、なんて開き直ったら彼女は怒るだろうから、口は閉じて困った笑顔を貼り付けた。これでも前よりマシになったんだよ。

しばらくの無言のあと、言葉が溢れたかのようにウメが話し出す。
「出会ったばかりで、合うかどうかなんて分からないじゃないですか。私、花子さんには恋愛が必要だと思う。家族とも友達とも違うもっと精神的にも深い関係になれる人が必要だと思う。心から好きだと思えて、大切だと思えて、甘えて甘えられて、そして支え合ってさ。……時々思うの。花子さんには幸せだと思いながら生きて欲しいって」

言葉を失うってこういうことかと思い知らされた。沸き上がる嫌悪のような感情は誰に向けられているのかすら分からなくなる。真っ直ぐな視線を受け止めるだけの器量が自分には足りなくて、苦しい。

「……すごく上から目線だね、ごめんなさい」
ポツリと呟いて、ウメは飲み物も飲まずに帰っていった。






どっかで見た顔だ。玄関を開けて新八は思った。爽やかな笑顔とスマートな佇まい。年齢は若そうだが、自分よりは大人の一言でいえばかっこいい青年、といったところか。
「ここ、万事屋ですか?」
ああ、思い出した。花子さんをナンパした人だ。
ナンパした、人だ……
「……えェェェェェェ!!」
新八の大声に肩をビクッと震わせて、青年は一歩下がった。新八は内心取り乱したまま姿勢を正し、咳払いをして改めて用件を聞く。
「す、すみません。どういったご用件ですか?」
「探してほしい人がいるんです」

とりあえずリビングに通すと、気だるげに朝食を摂る二人が目に入る。忘れていた、万事屋の朝は今始まったばかりだった。
「オイぱっつぁん、朝からでけー声出してんじゃねーよ、ご近所さんに迷惑だ……えェェェェ!!」
「銀ちゃんまでウザいアル。朝の優雅な卵かけごはんの時間をじゃま……えェェェェ!!」

ひとしきり叫び終えて、二人は新八の隣に立つ見覚えある青年をまじまじと見つめる。新八が依頼人だと紹介すると、銀時は残りの卵かけごはんを掻き込んでから、青年にソファに座るよう勧めた。
「皆さん僕のこと知っているんですか?」
「知ってるもなにも……知らねーよ」
「え?……でも今」
「しつけーな、知らねーって!」

新八の目が引きつる。分かる、つい知らないふりをしてしまう気持ちは分かる。だがだからと言ってごまかすために足を組んで鼻をほじりながら睨みを利かすのはどうなんだろうか。

新八はパンと手を叩き、場の空気が変わったのを感じてから話を切り出した。
「さっき、探してほしい人がいるって言ってましたけど」
「え、ええ。実はお恥ずかしながら、一目惚れをした女性にもう一度だけ会いたくて」
「ブフゥッ!」
恥ずかしそうに照れながら話す青年の言葉に、神楽がお茶を吹き出した。それは真向かいの青年に降りかかり、前髪から滴がひたりと落ちる。

「すみませんんん!これで拭いてください!」
新八は咄嗟に近くにあったタオルを手渡す。
「ありがとうございます」
お茶を吹き掛けられたにも関わらず穏やかな声で青年はタオルを受け取り、頭を拭く。そのタオルが実は台ふきんだったなんてもう言えない。

「んで、その一目惚れした女の特徴は?」
ある程度の落ち着きを取り戻して、銀時は組んだ足を戻して聞く。誰もが分かりきったことだったが、仕事の流れとして聞かないわけにはいかない。
「黒髪で、落ち着いた感じの女性です。伏し目がちでしたけど、笑顔がかわいくて……」
はにかむその姿にこっちが気恥ずかしさを覚えてしまう。

すると、思い出したように青年はぱっと顔を上げた。そういえば、という接続詞のあとに自分の右手を見ながら言った。
「とても右手が冷たかったことを覚えてます」

それは特徴にならないんじゃ……と新八は思ったが、神楽が同意するように頷いた。
「花子冷え性アル。氷みたいに冷たいネ」
さも当たり前のようにそう言われて、そうなんだ、と納得しかけた新八は、ふと息を止めた。今名前言ったよね……

「オイ神楽ァ」
「な、なにヨ!銀ちゃんだって言いそうになってたくせに!もう隠すなんて嫌ネ!我慢できないアル!」
すると神楽は立ち上がって人差し指を青年に突き出した。
「そうヨ!私達はお前のこと知ってるアル!そんでお前が探してんのは花子っていう私の下僕ネ!私の許可なく勝手に手を出しといて振られたくせに探してるたァいい度胸だこのストーカんんんん!」

新八が暴言を寸でのところで止めようと口を塞ぎに手を伸ばしたが、間に合わなかった。確かに三日前、彼は花子さんに連絡先を渡していた。けれど今日こうして依頼をするということは、彼女からの連絡はなかったのだろう。ストーカーは言い過ぎだが、諦めないでいる彼もなかなかだ。しかし今言うことじゃない。失礼すぎる。花子さんを茶化した僕らにはそんなこと言う資格なんてないのに。

「すみません!この子朝弱くてまだ寝ぼけているんです!あなたが探している女性は確かに知り合いですけど、その……」
「てめーが花子の手を握ってニヤニヤしてたり鼻の下伸ばしてナンパしてんのを陰で見てたって訳だよ、悪かったなァ黙ってて」
「ちょっと銀さん!」

さぞや怒っているだろうとおそるおそる青年の顔を覗き見ると、その顔には変わらぬ穏やかな笑みが浮かんでいた。
「良かった。知り合いなら探す手間が省けますね」
無垢な少年みたいな目で僕らを見つめるこの人は、もしかしたら本当にストーカーなのかもしれない。




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