小説 | ナノ 外出日和


こんな朝早くにアイスを食べて美味しいと感じるのは、まだ空気が暖かいからだろう。今年は夏の暑さが少し長引くと天気予報で言っていた。

公園のベンチに座り、抹茶味のアイスをかじる。夏休みの時期も過ぎ、ラジオ体操する子どもも居なくなった。犬を散歩させる老人と、ジョギングする若い女性と、ベンチでアイスを食べる私だけ。

ああ、もう一人いる。
「うまいアルな、このアイス」
「そうだね」
隣に座るのは日傘を差す神楽。どこからともなくやってきて、一つ取られてしまった。まあいいけど。

いつもと変わらないようでいて、ちょっと違う今日。私ではなく彼女のことだ。いつものよりも刺繍が豪華なチャイナ服に、髪型もいつものお団子じゃない。
「今日はなんかおとなっぽいね」
そう声をかけると、神楽は少しだけ顔を赤らめてはにかんだ。
「銀ちゃんと新八と出かけるアル!歌舞伎っていうの観に行くネ。花子知ってるアルカ?」
「知ってるよ。すごいね、チケット高かったんじゃない?」
「お客さんに貰ったやつだからタダアル」

歌舞伎を観て楽しめるかどうかはともかく、年相応に喜ぶ姿に素直に笑顔を返した。しかし、こんな時間に支度を済ませてここにいるということは、朝早い公演なのだろうか。
「ねえ神楽ちゃん、時間大丈夫なの?」
「……え?」
まるで、なにが?とでもそのあとに続きそうな呆けた顔で頭に疑問符を浮かべる神楽に、きっと時間も聞かずにおめかしして待ちきれなくて出て来たんだろうと思った。
「あ!新八アル!オーイ!」
突然の大声と手を振る神楽の視線の先には、公園の入り口で息を切らしている新八がいた。そしてその後ろをだるそうに歩く銀時も。

二人もいつもの恰好ではなく、略礼装ではあるがきちんとした身なりをしている。それなのに若い女の子に振り回されて汗をかく男二人に思わず笑ってしまった。大変だな。
「もう神楽ちゃん!探したんだから!置いてくとこだったよまったく」
「アイスに目がくらんだんだろ」
「そんなんじゃないネ!」
二人に食って掛かる神楽の髪が乱れた。

「――っ、何してるアル」
立ち上がると身長差で触りやすい位置にあるピンクの髪を手櫛で軽くセットしてやる。すぐに大人しくなった神楽に、新八はそれを眺めて、とてもいい顔で笑った。もう目がお兄ちゃんだな。
「はい出来た。また乱れないうちに早く行ったほうがいいよ、今日は汗ばむ陽気だって天気予報で言ってたから」
「なんかマミーみたいアル!」
「……そんな年じゃないよ」
「花子さんありがとうございました。行ってきます!」

手を振って見送っていると、銀時がベンチにどてんと座り込んだ。意気揚々と駆け出して行った若い二人も気づき、新八が銀時を呼ぶ。
「何してるんですか銀さん!遅れますよ!」
「プッ、銀ちゃんもうジジイアル」
ベンチにもたれているその姿を見て、そんな台詞を吐き捨てて神楽は新八の腕をとり行ってしまった。

ガサガサとビニールが擦れる音がして隣を見ると、勝手に袋を開けてアイスを食べ始めていた。そろそろ冷凍庫に入れないと危ないぐらいに溶けかかっている。
「チッ、誰のお陰で観に行けると思ってんだクソガキめ」
悪態つきながら二本目を開けようとしているその手を払いのけ、アイスが入った箱を抱える。
「無くなるじゃないですか」
「オイオイ、そんなんしたら溶けちまうだろ、ほら、離せって」

アイスに目がくらんでるのはどっちだ。箱を抱えたまま距離をとると、やっと諦めてまた天を仰いで「あ"ー」と唸っている。アイスはもうどろどろになってしまった。日も高くなりつつある。
「早く行ったほうがいいですよ」
「なあ、知ってっか?歌舞伎って何時間やるか。四時間だぞ四時間。神楽なんてどうせ途中で寝ちまうんだからよ、なーにがそんなに楽しみなんだか」

銀時と同じようにベンチにもたれて天を仰ぐ。青空と白い雲のコントラストがすごく綺麗で、穏やかで、私には全てが眩しく映った。

「歌舞伎が楽しみなんじゃなくて、万事屋のみんなとおめかしして出かけることが楽しみなんですよ」
「ハッ、やっぱガキだな」
銀時は照れ隠しのように鼻で笑う。その横顔はまんざらでもなさそうだ。その時ふとこめかみを伝う汗が気になり、立ち上がってハンカチで拭ってやる。そして神楽と同じようにくるくる跳ねている髪を軽く流すように手櫛で整えてみる。
「七三分けも似合いますね」
「色男はなにやったって似合うんだよ」
「いつも思いますけど、そういうの自分で言わないほうがいいですよ」
「本当のことだろーが」

そうですか、と適当な受け答えをして銀時の髪から手を離す。
「じゃあ、私帰りますので。アイス溶けましたし」
言ってから自分もアイスに目がくらんでると思った。元々一人で全部食べようと買ったものだし。
すると、銀時もよっこいしょという掛け声とともに立ち上がり伸びをした。公園にも、人通りが増えつつある。

今日も一日が始まる。
「行ってらっしゃい、楽しんで」
「土産、買ってきてやっから。アイスの礼に」




夕方、万事屋一家が自宅に来た。
歌舞伎クッキーと、お土産話を引き下げて。
神楽は一秒たりとも寝なかったらしい。すっかり魅了されてずっと物真似をしていると新八が疲れたように話していた。
銀時も、楽しそうにそれを聞いていて、行って良かったじゃんと心の中で突っ込む。

やっぱり、眩しいな。この家族は。






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