小説 | ナノ 温度 番外編


未だ外は強風が吹き荒れている。
テーブルに立てた三本のロウソクの火を見ていると睡魔が襲う。ふーっと息を吹きかけると、一本だけ火が残った。
「布団で寝たほうがいいですよ」
背中で眠る男に声をかけるも反応はない。温かいけど湿布臭いし、重いからそろそろ退けてほしい。
「へっぶし!」
「うわっ、」
前触れもなく銀時がくしゃみをした。これからもっと冷え込んでくるだろうに。
「……まったくもう」
だらりともたれ掛かる体を揺さぶった。嫌そうな顔をするが起きる気配はない。寝る前まで私の睡眠の心配をしていたくせに呑気なものだ。

特にやることもなく、寒さしのぎにお湯でも沸かそうかと立ち上がると、支えを失った銀時の頭が床に直撃した。同時に動いたことでロウソクの火が消え真っ暗になる。手探りでロウソクを掴んだはいいが、火の元を持ってはいない。

この真っ暗な部屋でこの男のイビキを聞きながら夜明けを待たなきゃいけないのか……。朝まであと何時間あるのだろうかと携帯を開く。
「あ、……馬鹿だ」
携帯持ってた。

銀時は痛みからか眉間にシワがよっているが、未だぐっすりと眠っていて、私の毛布もかけてやると幾分表情が和らいだ。
「台所、お借りします」


ヤカンを準備して蛇口をひねる。チョロチョロと流れる水はやがて止まってしまった。
「嘘でしょ」
電気に加え水も止まった。冷蔵庫を開けると何も入っておらず、思わずため息がもれる。万事屋らしいっちゃらしい。
「花子」
「え?あ、起きたんですね。なんか水も止まったみたいです。お湯沸かそうと思ったんですけど。冷蔵庫は空だし……はぁ」
「悪かったなオイ。つーか携帯持ってんのかよ」
「さっき思い出したんです。馬鹿ですよね」
そう言う花子の顔を目を細めて見てくる銀時に怪訝な表情を浮かべていると、ぐいっと手を引っ張られて後ろを歩かされる。
「ったく、毛布ぐれェかぶってけよ」

進む先は和室だった。
ふかふかの布団が一枚敷かれていて、お構いなしに歩を進める銀時の手を払い、入り口で立ち止まる。
「オイ花子ちゃん?勘違いすんなよ、一緒に入ろうと思って敷いたんじゃねーから」
「当たり前です」
「分かってんならいいわ……ほれ」
手渡されたのは一枚の着流し。
「乾いてねぇんだろ?それ。着替えたらその布団使え。あ、ちゃんと昨日干したから、加齢臭とかしないから」

銀時は確か二十代だった気がするが、考え方が中年に近いと思った。よく言えば精神年齢が高い。私のいた世界の二十代男性は、もっとこう、若い。
しかし、これが銀時の布団なら、彼はどこで寝るのだろう。
「私、神楽ちゃんの寝床を借りるので坂田さんがここで寝て下さい。着物はお借りしますけど」
「なんだよ、ちゃんと干したって」
「そういう訳じゃなくて……」
銀時の眠そうな顔を見上げていたら、ちょっと仕返ししようかなと思った。寄りかかってぐーぐー寝てた仕返しに。

「坂田さんの布団だと、どきどきして眠れなくなりそうだから」
そう言いながら、銀髪から覗く寝ぼけ眼を見つめると、秒速で視線が外れる。
「布団とはいえ、なんか抱き締められてるみたいじゃないですか?匂いとか、温かい感じとか」
「……」
以降、銀時の無言が続く。返す言葉を考えているのだろうか、もしかして照れてるのだろうか、まさか。……まさか。さっきまで同じことしてたじゃないか。
「あの、坂田さん、冗談ですよ」
「分ぁってるわ!」
ライトが点いたままの携帯を押し付けられるように渡され、銀時はリビングへ出ていった。
「ま、いっか」



リビングで一人、ソファーにもたれる。冷えた空気が頭も冷やしてくれるようだ。
「あー……」
調子狂う。
夜中にあんなこと言うとは、アイツもなかなかやってくれる。よし、後で説教だな。
「……」
初めて会ってからもうすぐ一年。冗談とはいえ、そういう会話をアイツとできるようになったんだと思うと、距離が縮まったと感じる。
いや……縮まってんだろうか。俺だけがそう思ってるだけなんじゃないだろうか。なんせ、俺はアイツを何も知らねえ。歳も好きな食い物も趣味や家族、過去も。きっと、全てを知ることなんて出来ねえんだろう。そう思わせる何かがアイツにはある。



「坂田さん、着替えました。布団どうぞ」
襖を開けると銀時はソファーにもたれて天上を見上げていた。
「風邪引きますよ」
毛布もかけずにただだらりと座っている銀時に声をかけると、「お互い様だろ」と言葉が返ってきた。言葉は返ってきたが、振り向く仕草がない。先ほどとはまとう雰囲気も違っていた。
それ以上会話を続ける気には慣れず、神楽が寝ている押し入れに向かう。襖を開けると意外と綺麗にしていることが分かる。まあ、神楽も女の子だ。某猫型ロボットの気分で布団に入り襖を閉める。外気が遮断される分いくらか暖かい。

「お休みなさい」
携帯のライトを消してから、呟くように聞こえない声で銀時に言った。
聞こえるはずはないのに、足音が近づいて押入れの前で止まる。
「寝られそうか?」
「はい。意外と居心地いいですよ」
色んな意味で。
「そうかい」
「坂田さんが居るからですね」
「またお前は」
「これは本当に思ってますよ。ほんと、ここの人達は優しすぎる。甘やかすからニートになりそうです」

すーっとした冷たい空気が入って来たことで、襖が開いたのだと気づく。真っ暗な中で、銀時と目が合った。暗闇でも銀髪は目立つから。
「もうなってんだろーが」
「……そうでした」
「なあ、花子。これから知っていけばいいと思わねーか?」
何を急に。
「この町のことも、俺らのことも。仕事もまた探せばいいさ。楽しみもこれから見つけりゃいい。なんなら手伝ってやるから、まあなんだ……ゆっくり寝ろや」
頭をガシガシと撫でられたあと、ポンポンと二回叩かれて、またガシガシ撫でられて、銀時は寝室に向かっていった。

「……だらだらのニートに言われたくないなー」
「聞こえてっぞ!」





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