小説 | ナノ 祭2


飛び出したはいいが、テントの外はさすが江戸の町という感じで、一気に祭りの空気に飲み込まれる。それに川から吹く風が涼しくて気持ちがいい。
まずは、昼間の約束を果たそうと、浮き立つ気持ちのまま屋台を目指す。お好み焼きの隣はたこ焼き屋だからか、ここら一帯ソースのいい匂いが立ち込めている。「長さん」と声をかけると、彼は汗混じりの笑顔で振り向いた。
「お、来たな!焼きたて食わせてやるからな」
ジューという音と香ばしい匂いにお腹が鳴る。
「はいよ!勘定は要らねェから、しっかり食えよ!」
「……ありがとうございます」

人の波から外れたベンチに座り、割り箸を割った。
「いただきます」
一口食べて、ゆっくり味わう。美味しい。食べながら隣に座る三パックを見た。隣のたこ焼き屋が魚屋のおじさんで、これも食べてけと二パックも渡してきて、ライバル心を燃やした長さんがもう一パックおまけしてくれた。計四パック。

どうしよう、明日の朝ごはんかなぁと思案しながら前方を眺めると、新八を発見した。隣には彼の姉、志村妙がいる。新八がこっちに気づく前に、妙と目線が合った。向こうは知らないはずなのに、どきりとする。何だろうこの感じ……

その後、新八が気づいてこちらに向かってきたため、残りはテントで食べようと、袋にパックを仕舞った。
「花子さんこんばんわ。来てたんですね!」
「うん。来てたっていうかスタッフなんだけどね。今ちょっと休憩してて……えっと、初めまして」
「あ!すみません紹介もしないで!こちら僕の姉の」
「妙です。いつも弟がお世話になってます」
丁寧にお辞儀され、戸惑いながらも軽くお辞儀を返した。年下って感じがしなくてどう接すればいいのだろう。私の緊張が伝わったのか、妙は「せっかくの休憩を邪魔しちゃだめね」と新八を連れて淡々と人の流れに戻った。思わず後頭部を掻く。なにこの緊張感。
「……戻るか」
パックが入った袋を片手に祭りの中心に再び飛び込む。テントまでの道中、ウメちゃんや武蔵っぽい人と一緒に酒を交わすマダオを見た。新八が居るということは銀時や神楽もいるのだろう。だからか、木陰に隠れて望遠鏡を覗くさっちゃんも見かけた。意外と祭りにはこの地区以外の人間も沢山来ているようだ。

テントの白が見える頃、騒がしい声と周りを取り囲む集団が行く手を遮っていた。何かの野次馬だろうか。祭りの準備でペットボトルを片手に倒れていたメタボの男が居たから声をかけてみると、「なんか、女が怪我して倒れたみたいだけと、痴話喧嘩じゃね?俺は知らねーけどな」とラムネを飲みながら去っていく。あいつスタッフだろーが。

集団をかき分け中心へ近づくと、いかにもという感じのミニ丈浴衣のギャルが彼氏に張り手でもされたのか、石畳の地面に転び膝から血を流し、泣いている。カップルの喧嘩にろくなことはない。だが今私はスタッフだ。救護班だしさすがに無視は出来ない。
「大丈夫ですか?」
しかし、ギャルが顔を上げたと同時に彼氏が私とギャルの間に割って入る。メガネをかけた理系の男だ。
「大丈夫ですから、ちょっと転んだだけです。なぁお雪、大したことないだろう?いつまで泣いてるんだ行くぞ」
嫌だと泣き叫ぶギャルの手を無理矢理引いて立ち上がらせると、理系彼氏は足を引き摺るギャルを勢いで歩かせる。
ちょっと、と彼氏を引き留めると、舌打ちと共に睨まれた。
「……嫌がってるじゃないですか。DVですよそれ。犯罪ですよ?見て見ぬふりもできませんので、警察に、っ!」

―――野次馬の声が止まった。
大丈夫?と皆に声をかけられるが、大丈夫じゃない。理系彼氏が持っていた袋で顔面を打たれた。なにか硬いものが入っていたようでかなり痛い。気づけばカップルは逃げ去った後だった。
あとで通報してやる、と腸が煮えくり返る思いで野次馬達にあの男の素性を聞いたが、誰も知っている人はいなかった。
テントに戻ると大家にどうしたのかと問われたが、転んだと伝えた。大したことないからと留守の礼にたこ焼きを一パック渡して、一人で再び待機する。

パイプ椅子に座ってボーッとしていると、左口角がズキズキとうずき出す。てか今何時だろう。時計が無いことに気付き、携帯を開く。もうすぐフィナーレだ。15分間の花火が終わったら祭りも終わる。

あのギャル以外に怪我人が出ないなんて、みんなちゃんとしてるんだな。……私は何もしてないなぁ。お好み焼き食べて打たれただけだ。裏方ってこんなもんか?いや、屋台組は生き生きしてた。

そんなことを延々と考えていると、ヒュ〜という花火が上がる音が聞こえた。すぐあとにドン!と花火が開く音が続くが、なんだか見る気にはなれなくて、パイプ椅子に浅く腰掛けて背もたれに後頭部をもたれて目を瞑った。
「はぁー……」

「辛気くせェ」
―――ガッチャーン!
突然耳元で聞こえたその声にびっくりして、バランスを崩したついでに椅子から落ち、地面に尻餅をついた。見えるのは銀髪。
「え、大丈夫かよ」
差し出される手は無視をして自分で立ち上がりながら一緒に倒れたパイプ椅子を元に戻す。
「なになに、もしかして感じちゃった?銀さんのセクシーボイスで」
「…………」
「…………」
「で、坂田さんは怪我でもしたんですか?」
そう問うとずいっと出される右手。目視で確認できる傷は見当たらない。
「え、骨折?」
「ちげーよ!お前んとこの大家に花子を花火見に連れてってくれって依頼受けて迎えに来てやったの。そしたらお前、わけー女がパイプ椅子とラブラブしてんだもん」

もん、て言われても……。
「依頼料受け取ってないですよね?」
「たこ焼き一パック貰ったからそれでチャラ」
それって私があげたたこ焼きじゃないか。なんか回り回って私が依頼したみたいじゃん。伸ばした手をぷらぷら振りながら「早くぅ」と口を尖らせる銀時を一見して目を反らす。
「……行きませんよ私は。救護班ですし、残ってないといけませんから。坂田さんこそ、新八君や神楽ちゃんが待ってるんじゃないですか?ちょっと前にお妙さんと新八君に会いましたけど」
ガサガサとビニール袋から取り出したお好み焼きを一パック渡す。
「依頼はなかったことに、っていう依頼料としてお好み焼きをどうぞお納め下さい」
言い終わりと同時に、会場に花火終了のアナウンスが流れた。

銀時はさっき立て直したパイプ椅子に座って溜め息をつく。
そんな中、大家がテントのビニールをちらりとめくって顔を出した。
「おや、居たのか……花子ちゃん、祭りは終わりじゃから、救急箱だけ本部に預けて、今日は帰っていいよ。片付けはまた明日じゃ」
それだけ告げると顔を引っ込めて行ってしまった。
「オイ見たかよあの残念そうな顔」
「終わったものは終わったんですから。さ、坂田さんも出てください。帰りますんで」

救急箱を持って銀時の前を通ると、左腕を掴まれてぐっと引かれる。その反動で持ってた救急箱で座る銀時の顔を殴るところだった。
「危ないなぁ!」
「怒んなよ」
救急箱を銀時に取り上げられ、両手を掴まれる。やっぱり殴ればよかったか。いつも見上げているのに、逆転すると居心地が悪い。
「口んとこ痣になってんぞ」
「はい」
「殴られたのか」
「名誉の負傷です」
あいつ見つけたらぶん殴る。とそのあとに続けると、あいつって誰だよと銀時が笑う。なんか娘を見守る父親の目だ。

「あの、疲れて早く寝たいのでそろそろ帰りませんか?みんな待ってますよ、多分」
「あいつらはいーんだよ。新八は姉貴とデートで、神楽は近所のガキどもといっから。まあつまり、俺一人なんだよね。可哀想じゃね?帰りも一人なんだぜ……せめて定春おいてけよ、なあ?」
「知りませんよ」
腕を引き剥がして再び救急箱を持つ。
未だぐちぐち話しているが、誰か一緒に来てくれる女性はいないんだろうかと、ふと思う。銀時に想いを寄せる女性は多分多い。気づいていないのか、気づかない振りをしてるのか。

「彼女の一人や二人、居ないんですか?」

そう言ったあと、やや間があって「もしかして馬鹿にしてる?」と誤魔化される。
「天パじゃなかったら俺だってなァ、」
「そうですか」
「まだ何も言ってないんだけどォ!!待って!どこ行くの花子ちゃん!」

真面目な話、もし銀時にそういう人ができたら新八はどうするんだろう。神楽は万事屋を出るのだろうか。なんかそれは想像できない。神楽が結婚したり、新八が結婚したり、それらは銀時がいつも横にいて喜びを分かち合ってる気がする。でも銀時のそれは想像がつかない。
だから彼は一人を選んでるのだろうか。

石畳を歩く私を追いかけてくる銀時に立ち止まって向き直る。
「おっ、どうした」

きっと彼は、みんなを看取る覚悟でいるのかもしれない。そして一人で逝くのだろうな。まあ大袈裟に言えば、だが。

「見つかるといいですね、誰か好い人」





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -