小説 | ナノ 葛藤


びゅうびゅうと吹く風の音で目が覚めた。部屋の中は薄暗く、少し肌寒い。

どのくらい眠っていたんだろう。あたりを見回してぼーっとする頭で考えてわかることは、とりあえず今は早朝であるということだけだった。トリップした理由も、この能力も、たぶん私の頭で理解することは出来ないだろう。某漫画よろしく真理の扉を開く気力も勇気もないことだし、それに、一度死んでいるのだ。今更焦ったところで、もうなにもかも元には戻らない。

だからこそ納得出来ないのは、この世界にいる自分は他人に見えていて、話しもできているということ。つまり、トリップして生き返ったのか、もしくは生き返ってトリップしたのかということ。後者は無いと、思う。確実に自分の死体をあの時見たのだから。母親の泣き顔も、父親の絶望的な目も、自分の死に顔も……。ただ、三次元で死んだ人間が二次元の世界で生き返った例など聞いたこともないし、現実にはありえない。

私は、本当に生き返ったと言えるのだろうか。もしそうであれば何のために、ここに来たのだろうか。



ふと、風に当たりたくて窓を開けた。障子じゃなくてガラスでできている窓に、現代との共通点を感じた。変なところ元の世界と似ているものだから、受け入れられないことだってある。強い風とともに、部屋に入り込んだ桜の花弁が勢いよく舞った。後で掃除しなきゃな〜と思ったけど、早朝の青い世界と桜色の景色が、意識を飛ばすには十分過ぎるほど綺麗で、時間が止まったのかと思わせるほどの静寂が身を包んだ。ひたりと花弁が右の頬に付いたのに気づいたのは数分後で、そっと頬に向かい指を伸ばした。

頬に触れた自分の右手。私は春なのに半袖を着ていたし、ちょっと寒かっただけなんだと思ってた。もともと冷え性の気質はあったし、特別気にすることもなかったと思う。その右手が、氷よりも冷たくなければ。

かじかむこともなく、感覚もある自由に動く指先を見て、確かめるように、今度は頬に両手を寄せた。手をこすり合わせたり、はあ〜っと息を吹きかけたり、温かさの残る布団の中に入れてみたり、何度も何度も何度も温めようとして頬に手を寄せて……。だけど、右の頬の熱は奪われていく一方だった。
「なんで……」
花子は急に怖くなった。死人の冷たさだと思ったから。生きてる人間の温度じゃない。自分が、本当に死んでいる人間だという証のような気がして、怖かった。
掌を見ても、指先を見ても、何も変わらない。生きていたころと何も。だが、私のなかでは確実に、何かが変わった瞬間だった。



自分の立場を思い知った途端に、なぜだかすべてが馬鹿らしく思えたんだ。
私は、死んでトリップした主人公。特殊能力を得て異世界で自分を犠牲にしながらも人助けをする健気な女性であり、自分の“死”を背負っていく悲劇のヒロイン。
これが王道の物語であるならば、きっと主人公はこの世界の住人に助けられ、協力し合い、信頼関係を築いて様々な困難を乗り越えていくストーリーになるのだろう。
「馬鹿じゃないの」
だけど生憎、私は王道に従うほど素直な精神は持ち合わせていないし、それに、私は慈善活動に勤しむほど出来た人間じゃない。ずいぶんと神様は私の捻くれた精神を侮っていたようだ。

そちらさんの都合に振り回されるのは御免だよ。
私は主人公なんて望んでない。
そういう二次元的な、中二病的な立場に立たされると冷めるタイプなんだ。

だから、この変な力は使わない。

ほんとに勘弁してほしい。





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