小説 | ナノ 逃亡者


この世界に来て、血を浴びたのは二回目だ。
咳が漏れる胸を抑え込み、体を起こした。沖田は私に目もくれず、携帯で誰かに連絡を取っている。それを見ながら呼吸を整えていると、顔中から鉄のにおいがし、まばたきをするたび渇いた血で皮膚が突っ張った。

「大丈夫ですかィ」
この姿で大丈夫なヤツがいるのか。

その言葉を聞きながら、いつの間にか落としたスーパーの袋に入っているミカン味のミネラルウォーターが目について、力の入らない脚を引きずりながら近づき、キャップを開けて、一気に頭から中身をかぶった。
「おお」
沖田が楽しそうに声を出す。
右手でペットボトルを持ち、左手で顔をこする。その間口に血が入らないように息を止めた。中身が全て無くなる頃には、上半身はミカンのにおいに染まった。
「っ、はあ、はあ」
呼吸を再開させると、沖田が一歩ずつ近づいて「あんたすげーや」と一言呟く。沖田は神楽と喧嘩しているところを見たことあるけど、近くで顔を見るのは初めてだ。サラサラの髪や大きな目、誰が見ても美少年と呼ぶに相応しい人物。だけど、想像よりもずっと、漫画で見るよりもずっと、子どもらしくて驚いた。こんな若い人が真選組の隊長……

「殺されそうになったってのに随分と余裕ですねィ」
その言葉に意識を戻される。
「慣れっこですかィ」
後ろで倒れている男を指差して視線を誘導される。血まみれではあったが息はしているようだ。うつ伏せの背中が微かに上下している。
「……驚き過ぎて言葉が出ないだけですよ」
「へえ」

というか、なにしてんだろう自分。着メロで悪者を追い払えたと思って浮かれて、それで裏切られてやんの。本当バカ。なんで誰かを助けようとするとこういう結果になるんだろう。
ぼーっと倒れている男達を見つめて地面に置いた右手を握った。爪に砂が入る。
「……帰ってもいいですか」
唐突なその言葉に沖田は一瞬の間を置いて、笑った。
「やっぱりすげーやあんた。事情聴取って言葉知らねェんですかィ。帰れる訳ねーだろ」
そう言われた直後に、沖田の携帯がなった。表示を見てか舌打ちをしている。相手は多分土方だ。
「―――なんでィ土方」

案の定、口論になった。
警察相手に馬鹿だけど、でも今しかない。ペットボトルが落ちていた場所から少しだけ離れているビニール袋に向かって、ゆっくり歩く。チラリと沖田に見られるが、目的がそれと知ってか再度口論に熱を上げる。

沖田に背を向けてしゃがみビニール袋を持つ、振りをした。大丈夫、脚は動く。力も戻った。……走れる。



『で、被害者は居んのか』
「―――あ、逃げられやした」






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