小説 | ナノ 地点


あ、という小さな声がした。
たった一言なのに複雑な感情が含まれていて、顔を上げずにはいられなかった。息が詰まる。この子の姿を見たのは何ヵ月ぶりだろうか。母親には通夜の日に会って和解……できたけど、この子には酷いことを言ったきり。

「久しぶりだね」
「……うん」
「……身長伸びたね」
「……うん」
カンタは終始俯いている。誰かに言われなくてもこの子の感情ぐらい百も承知だ。
「あのときは……」
謝れ、自分。
「あの、ときは、酷いこと言ってごめんね。私が弱かっただけなんだ」
カンタは一瞬首を横に倒して、わからない、という顔をした。だけどあの時のことが自分のせいじゃないことが理解できたのか表情が少し明るくなる。それを見て安堵のため息をついた。何故だか一つの大仕事が終わった気分だ。

するとカンタは二つ折りの紙を取り出して、花子に「はい、これ」と差し出した。受け取って中を見ると、どこかの地図が手書きで標されている。
「じゃあね!」
「ちょっ……」
それを渡して満足したのか、カンタは何処かへ走り去ってしまった。……やっぱり子どもってちょっと苦手かも。




カンタの書いた地図は実に質素で、なおかつ意味不明だった。まず東西南北がわからないし、一本線が波打っているのは道なのか川なのか。そして十字路の先に二重丸が書かれているので向かってみると、その先は崖だった。
それでもやっとそれらしき場所を見つけてほっと一息。周りを見渡すとどうやら私はかぶき町が一望できる綺麗な丘に着いたらしい。
「こんなところあったんだ……」
だけども、ここからがまた問題だ。果たしてここには何があるのか、もしくはこの景色を見せようとしたのか。

とりあえず、この丘の周辺を一周してみようと思う。何もなくても、ぼーっとするには快適そうな場所だし、ここを紹介してくれてラッキーだったと思えばいい。
西陽が差してオレンジ色に染まる芝生や木々の周りをゆっくり歩く。それらを眺めながら携帯を取り出して、カメラを開く。夕日モードに設定しなくても充分綺麗な夕焼けで、カシャッと少し安っぽい音が響く。

何枚か現像しようかな。
そう考えてまた歩を進めたとき。
「……あった」
花の隣に30pほどの石と木の板が立てられている。
“ミケの墓”
こんな綺麗な場所に眠れるなんて、あいつどれだけ贅沢なんだ。ちゃんと飼い主に看取ってもらったんだね、独りじゃなかったんだね。

しゃがんで石をそっと撫でる。
そっか、死んじゃったんだ……


「あ!花子ー!」
聞き覚えのある高い声は、ずいぶんと遠くから聞こえてくる。立ち上がって振り向くと、手を振る神楽と新八と、ダルそうに歩く銀時がいた。三人の手には私が持っているものと同じような紙が握られていて、カンタの招待者だとすぐに分かった。あの時は確かミケを探す依頼を受けて銀時が家に来たんだっけ。懐かしい。
「お久し振りです花子さん、今更ながら元気そうな姿を見て安心しました。話では聞いててもちゃんと会わないと無事かどうかもわからないし、銀さんは全然教えてくれないし、神楽ちゃんは会いに行くってきかないし、大変だったんですよ!」
「ガーガーうるさいネ新八!メガネのくせに説教たれてんじゃないヨ!空気読めよ!」
「おめーがうるせーわ!」

大声で騒ぎだす三人に向かって「もしかしてこれを探して来たんですか?」と言葉を投げかけると、我に返ったかのように一斉に私が指差すものに視線を送る。
「……なんだよここかよ」
銀時が肩を落として、ため息を一つ吐く。三人はお墓があることは知っていたみたいだ。隣に立つ新八に持っている紙を見せてもらうと、私がもらったものと同じ地図が書かれている。
「この場所、僕たちがカンタ君に教えた場所なんです。ここだって言ってくれればすぐ来れたのに、この地図見て来たもんだから崖に落ちるわ川に落ちるわ……ハァ〜」
一気に疲れた顔になる新八の説明で万事屋の落胆に納得した。
「というか、よく生きてたね」

いまだしゃがみこむ銀時の肩を労うようにポンと叩き、すぐ後に自分の右手を見た。新八が疑問符を浮かべて「どうかしましたか?」と聞いてくるが、なんでもないよと答えて銀時の左隣にどすんと座る。
「……お前さ、今」
「間違えたんです。返せるものなら返したいですよ私の疲れも一緒に」
「なにコソコソしてるアルカ」
耳元で声がしてやけに近いと思ったら、神楽は私の隣に座り、新八は銀時の右隣に座っていた。
「あー……坂田さんが帰りは二人をおんぶして帰ってやるよだって」
「オイオイオイ言ってねーよ?」
「ヤッター!銀ちゃんさすがアル!」
「僕ももうくたくたですよ」
「だから言ってねーって!」
必死に嫌がる銀時の横顔を、こっそり取り出した携帯の画面越しに見る。オレンジや紫が混ざった幻想的な銀髪に、人間てすごいなって思う。誰の遺伝子を引き継いだのかは知らない。そもそも二次元の人だから遺伝子がどうとか通用しないかもしれないけど……

―――カシャッ
「……金とるぞ」
盗撮に気づいた銀時から視線を注がれる。その目を見ながら言った。
「坂田さんは綺麗ですね」
そう自分で言ったあと、そなたは美しい、という某アニメ映画の台詞が頭に流れた。

うわ、恥ずかしいなんだこれ。失敗した。
だけど神楽と新八が妙に盛り上がり、きょとんとする銀時を楽しそうに茶化しているので、まあ良いかなと思った。

そのあと成り行きで神楽のモデルポーズを撮ったり、新八のキメ顔を撮ったり、そうこう遊んでいるうちに辺りは暗くなってきた。
「そろそろ帰りましょうか」
新八が言うと、神楽が寂しそうな眼差しを墓に向ける。
「ねぇ銀ちゃん、天国っていいところアルカ?」
銀時は後頭部を掻きながら「知らねーよ」と呟いた。

天国や地獄は、人間の想像でしか過ぎない。知らないと答えた銀時は正しい。じゃあこの世界は、私にとってなんなんだろう。
「……無情の風は時を選ばず」
「花子、それなにアルカ?」
「生きてるものは、いつ死んでもおかしくないって意味……きっとさ、天国が最終地点じゃないんだよ。急に亡くなったり、未練がある人が生まれ変わるために考えたり悩んだりする場所なんじゃないかな、天国って。……あ、ほら、輪廻転生って言うじゃん」

この世界が天国なら、そうなんじゃないかなと思うから。だって絶対お花畑があって平和で穏やかな世界ではないし。
「少なくとも、嫌な場所ではないんじゃない?次に行くために成長できる場所なんだから」
「うーん、」
少し頭を抱える神楽をよそに、最後に手を合わせて立ち上がる。
「帰りましょう」


「ほれ」
膝が笑う私にしゃがんで背中を差し出す銀時に素直に寄りかかる。おんぶなんて小学生以来だ。
「おめーらなにニヤニヤしてんだ、ちげーから、別にそんなんじゃねーから」
「何も言ってませんよ。さ、神楽ちゃん行こ」
走っていく二人を見て、やっぱり十代は若いな〜なんて思いながら額を銀時の首もとに落とす。
「寝んのか?」
「……いえ」

ここが天国じゃなくて、最終地点だったらいいのになって 思った。
「やっぱり背中借りてちょっと寝てもいいですか?」
「どーぞどーぞ。タダで貸してやるよ」




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