小説 | ナノ 温度


こうしてこの河原に来るのは何度目だろう。私がここに来てもうすぐ一年になる。今日はたしか3月8日だっけか。元の世界でなんかそんな歌があった気がする。
「……ああ、それは明日か」

さっき、仕事を辞めてきた。
何度さぼって何度迷惑をかけてきたか、客観的に考えて普通ならクビなのに、私の分までおばちゃん達がカバーしていたから本社からは何も言われなかった。だから、ウメちゃんに仕事を探してる真面目な人を紹介してもらって、その人をおばちゃん達に紹介して、私は辞めてきた。

なにしてるんだろうって思うよ自分でも。だからちょっと原点回帰した。何もかもリセットできたらって。あれから一度もキャラクターに会っていないし。避けてる訳じゃないけど自然とそうなっている。今はありがたいことこの上ないが。

体育座りでぼんやり川を見ていると風が吹いて髪がなびく。後方に流れていく自分の髪をみて年月の流れを感じた。肩上だった髪は胸の上ぐらいまで伸びた。
「一年経ったらそりゃ伸びるか」
私が銀魂を見始めたとき、沖田総悟と同世代だったのにいつの間にか私は年上になり、成人になった。

「……流れーる季節の真ん中でーふと日の長さーを感じま」
「何の歌?」
ぼそぼそと明日の日付の歌を歌っていると急に後ろから声がかかり、驚きのあまり口を開けたまま固まる。聞かれたくなかった。
「オイ、無視か」
「……お久しぶりです」
「ああほんとにな」
隣にどすんと腰を下ろす銀時を横目に、私は真っ直ぐ川を見続ける。
「どーしてたんだよ、今まで」
今まで、といっても銀時と会っていないのはたった1ヶ月ほどだ。
「特に何も。ぼーっとしたり仕事やめたり河原に来たりぼーっとしたりしてました」
そう言ったら鼻で笑われた。プー太郎に笑われたくない。

いつか、私は銀時の年齢も越えるのだろうと思っていた。でもその未来は絶たれて永遠の20代前半になった。……この世界では歳をとるのだろうか。
「坂田さん、私歳取ってますかね」
「はあ?まず何歳なんだよ……つーかよ、俺ァ何にも知らねーんだな、お前のこと」
じっと横顔を見つめられそう言われた。教えるつもりない、なんて軽く言ったら怒られるだろうか。そう考えていたときだった。今までよりも強い風がふいて舞い上がった砂ぼこりが目に入った。
「痛い……」
「馬鹿擦んな」
擦るなと言われても目が痛くて開かないのだ。試行錯誤しながら砂を取ることに集中していると、頭にポツンとわずかな衝撃を感じた。
「……万事屋のほうがちけェな」
その言葉が聞こえたと同時にドサッと雨が降りだして、銀時に腕をとられながら、片目を瞑って走らされる。
「ちょちょちょ、危ないんですけど!」
「っるせー、傘持ってねーんだから」



万事屋に着いてすぐ洗面所に通された。頭にタオルをバサッとかけられて「目洗えよ」と良い感じのぬるま湯を出してくれた。
銀時が居間へ向かうのを見送って、蛇口から流れるぬるま湯をすくう。それを目に当てて何度か瞬きを繰り返すと、目の中の厄介者はいなくなった。頭の上のタオルで、雨で濡れた髪の毛ごと顔を拭う。
パッと上げた顔が鏡に写る。ひどく疲れた顔をした女が立っていた。
「ちゃんと寝てんだけどなー……」

居間に行くと銀時は居らず、寝室で自分の着流しを干しているところだった。
「ありがとうございました」
「おう。お前も脱げば?風邪引くぞ」
「……ドライヤーありますか?」
着替えぐらい貸すぞと言われたが、それはさすがに気が引ける。再び洗面所を借りてドライヤーで着物に風を当てた。たまに自分にも温風を当てて寒さをしのぐ。

右半分を乾かし終えて左側に取りかかろうと生地を伸ばし始めたとき、ドライヤーの電源が急に切れた。まさかこれぐらいじゃあブレーカー落ちないよね……とは思ったがないとも言い切れない。居間でテレビを見ているはずの銀時へ声をかけた。
「坂田さーん、ブレーカー落ちました?」
すると銀時はなんとも苦い顔をして洗面所まで来て言った。
「いや、停電だな」
「え、停電?」
確かにドライヤーの音で気づかなかったが、窓は強風でガタガタ鳴っているし、雨粒が屋根を叩く音も大きい。どうやら天気は急激に悪化したようだ。
「ちょっくらババアんとこ行ってくるわ」
銀時はそう言って出ていったかと思うとすぐに戻ってきた。その手にはなにか捕まれていて……
「なんですかそれ」
「あ?見たらわかんだろ、ロウソクだよロウソク」
「借りてきたんですか?……懐中電灯ないんですかここ。それにしても普通ロウソク借りますか?懐中電灯は借りられなか」
「うるせー!!ババアが使うからってこれしかなかったんだよ!」
そろそろ薄暗くなってきたし、灯りがあるのはありがたいけど。

生乾きの着物をそのままに、居間で銀時が出した毛布にくるまる。気温もぐんと下がった。テーブル上のロウソクの火が揺れるのをぼんやり眺める。まるで避難生活みたいだ。
ガスと水道は問題なく使えるというのでお茶を入れてもらい、二人ですする。温かいものは、なぜこうも安心感を生むのだろうか。お茶の熱とは対称的に自分の右手の冷たさを実感した。
「そう言えば神楽ちゃんはいないんですね」
「新八ん家行ってっからそのまま泊まってくんじゃねーの?」
まあこの天気じゃあ帰るにも帰れないだろう。
「お前も泊まってくだろ?」
唐突に銀時から話が出た。それ以外に選択肢はないように思えるのでありがたく居すわらせてもらおうと、足掻きを入れて返事をする。
「雨が止んだら帰りますのでそれまでお願いします」
「へぇへぇ、了解しやした」

少しだけぬるくなったお茶を飲み干し、もぞもぞと毛布を手繰り寄せる。日は暮れてしまった。
「ちゃんと寝てんのか?」
横に座る銀時から顔を覗きこまれた。
「寝てるんですけどね。私もさっき鏡見てびっくりしました」
「まだ吹っ切れてねーのか」
「……それはもう大丈夫です、ほんとに」
思い出すともやもやした気持ちになるけど、諦めることができてきたから、本当に大丈夫なのだ。
もしかしたら、私がこの世界にきた季節を再び迎えようとしてナーバスになってるのかも知れない。あの時の絶望感とか苛立ちとか、そういうのがよみがえるから。
「桜が怖いのかな……」
「なんだそれ」
「……それよりも、坂田さんまた怪我したんですか?なんか湿布臭いですよ」
「悪かったなァ臭くて」

互いに明かさない部分を抱えての会話は妙なものだった。何もわからないはずなのにどっかでは分かりあってる気がして、だからこそ知らないほうが良いのかも知れない。
急須の残りを注いで飲み、一息つく。やっぱり温かさは安心する。それを口に出して銀時に伝えると、彼はなぜだか立ち上がった。そして毛布を被る私の後ろに移動して、私を抱えるように座り込む。
思わぬ行動に唖然とする。スキンシップは多い人だと思ってたけどまさかこんな行動に出るとは……
「あの、」
なんて言ったら良いのだろう。
離れて?放して?触らないで?
でもどれも感情とは違っていた。
「あったけーな」
されるがままに頭を悩ませていると、ポロっと聞こえたその言葉にしっくりきた。
ああ、うん。あったかい。

どうやら酷い顔でぼーっとしてる私に安心感を持たせようとしているみたいだ。その術が自らの温もりという点がなかなかの人たらしだけど。
「自分の年齢的に色々間違ってる気がしますが、あったかいですね」
「またまたー、そんなこと言っているけど本当はドキドキしてんじゃねーの?キャー銀さん恥ずかしいィ!って」
「……セクハラですか」


1時間後、私に寄っ掛かって銀時は眠ってしまった。どっちが安心してんだか。




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