小説 | ナノ 感情論


真選組に戻ろうと踵を返したとき、商店街の一人が私を見つけて走ってくるのが見えた。あれは肉屋のおばちゃんだ。
「花子ちゃーん!あんた!どこに行ってたの?心配したんだから!事件に巻き込まれたじゃないかって魚屋のおっちゃんなんか泣いてたのよ!?」
「す、みません……」
勢いよく走ってきては私の両肩を掴み揺さぶって、心配そうな表情で私を見つめてくる。

ああ、そっか。知らないんだ……
犯人が逮捕されたことは既にメディアに流れていて街の人間も知っているはずだけど、私が関わっていることは知らない。万事屋とウメちゃんと真選組以外は。
「……ちょっと、実家に帰ってたんです。田舎だから時間かかってしまって。そうですよね、誰にも連絡してなかったのでそう考えても仕方ないです。でも事件とは全く関係ないので……ご心配おかけしました」
「そうなの?まったく、大家さんにでもいいから一言言っていきなさいよ?犯人は釈放されるしそうでなくても治安のいい街じゃないんだから」

はい、と返事するとおばちゃんは仕事に戻って行った。その後ろ姿を見て思う。いつの間にか私は、この街の人間になっていたんだと。

ちょっとまて、……釈放?

―――プルルルルル
携帯が鳴った。正直心の中で舌打ちしながら画面を見ると、相手はウメちゃんだった。さすがに出ないわけにはいかない。彼女にも、不可抗力だが協力させてしまったわけだし。
「……はい」
「ちょっと花子さん!今どこにいるの?ニュース見た?というか身体は?大丈夫!?なんで何も教えてくれないのよ!」
耳元から聞こえる大声に思わず携帯を離すが、それでもまだうるさいくらいで、最早叫び声に近い。
「ちょっと、落ち着」
「落ち着いてられないわよ!!」
聞こえる大声に思わず目を瞑った。かつて、これほどまでに心配してくれる人間がいただろうか。そう考えると苦しくなる。
耳を当てていると、ため息が聞こえた。

「ねえ、本当に大丈夫なの?」
「……大丈夫だよ。もう帰ってきたし。それよりさ、ニュースって?」
「うそ、やっぱり知らなかったんだ……犯人、釈放されたの。花子さん、今家にいる?すぐにテレビ見てよ」
彼女は力なくそう言ったあと、安心して疲れたからと電話を切った。


走った先は自宅。ウメの言うようにテレビをつけると、どこもかしこもそのニュースで持ちきりだった。
――連続殺人犯は医者!莫大な金額で釈放――
元検事と名乗るコメンテーターは、「あくまでも一般的な話ですが、この事件は保釈金でどうにかなる事件ではない。犯人は財閥のエリート医師だと言うじゃないですか、警察に圧力がかかったことが懸念されますね」と神妙に語る。

ついさっきの出来事らしい。
「……」
なんだよそれ。

花子は真選組に行こうと急いで居間の戸を開けた。釈放されたということは生きてる。でも生きてるだけじゃ意味ない。私は、生きて償えって言ったんだ……


―――コンコン
油断していたところで玄関の戸が叩かれた。肩をびくっとさせながらも「はい」と返事をする。だがそれきり反応がない。
「どちら様ですか」
鍵は閉めていたから突然誰かが押し入る心配はないが、問いかけに対しても反応がなく、こうも無音だと不気味だ。
(……まさか)
ひとつの考えが頭をよぎる。そんな訳ない、家を知ってる訳がないと思いながらも、可能性は否めない。花子は玄関に近づいてもう一度言った。
「……どちら様ですか」
「俺だけど」

一思いに戸を開けると、目の前の男はびくっと肩を揺らして顔をひきつらせた。
「おま、普通に開けろよ縮んだわ」
「坂田さんか……」
「オイどういう意味だ」

来るわけないか。

とりあえず室内に招き入れて居間に通す。
「なんで返事しなかったんですか」
「聞こえなかったんだよ」
まったく紛らわしい。まだ少しだけ動揺は収まらず、脈が速いのを感じる。くつろいで胡座をかく銀時を横目で見やる。一体何しに来たんだろうか。私の視線で気づいたのか、今度は銀時がこちらをチラリと見た。
「なんだよ」
「いやこっちのセリフです。何しに来たんですか」
「何しにって、お前忘れたの?終わったら全部話すんだろ、わざわざ聞きに来てやったってーのに」
「…………は?」
私のその返事を聞いてか、銀時は大きくため息をついて後ろに大の字で横たわる。
「忘れたのかよ、ったく。まあいいわ、めんどくせーし」
「はあ……」

こういうときの自分はまるでアカデミー女優だと思う。銀時の手を振り払ったときのこと、本当は忘れてない。ただ言えないなと思ったから忘れたふりをした。というか最初から言うつもりもなかったんだ。離れるためのただの口実に過ぎなかったんだから。銀時もそれ以上追及はしなかった。多分、気づいてはいるだろうけど。
そのまま、銀時は天井を仰いでいる。なんて静かな時間だろう……時計の秒針の音がやけに大きく聞こえた。


「いや違う!!」
突然の私の大声に銀時は飛び起きる。
「犯人が釈放されたんですよ!こんなことしてる暇はないんです、帰ってもらえません?」
立ち上がりそう告げると、せっせと銀時を立ち上がらせにかかる。だが腕を引こうにも背中を押そうにもびくともしない。わざと力を入れているんじゃなかろうかと脇腹をくすぐったが、ピクッとしてまた動かなくなった。
「坂田さん、いい加減にしてください」
「もう居ねーから」
「え?」
一体何を言っているのだろうか。

「来たんだよ万事屋に」
「……誰が」
「犯人が」
なんで、という問いは次の銀時の言葉で遮られた。
「江戸から離れて田舎に行くってよ。多分今はもう居ねえな」

銀時の顔は冗談を言っているそれではなくて、……言葉が出ない。いろんな感情や考えがぐちゃぐちゃに混ざりあって自分の髪をぐしゃっと掴んだ。それでもただ残るのは痛みだけ。
「お前の言うように、償っていくつもりだって言ってたぜ」
銀時は私を見ずにそう告げて再び口を閉じた。
「……それって、償うことになってるんでしょうか」
「……さあ」
「私は、死にそうだっていうから生きろって言おうとして、一見希望を与えるようだけど、実際それはあいつにとって苦しいんだと思う……でも生きてるって知ってそれでいいはずなのに、釈放って聞いて違うと思った。でも、なんだろう。そう考えると私は、残酷ですね……」
カチッと秒針が動いた。
「もっと、あいつが苦しまないと気がすまないって考えてる自分が怖いです……死なせないように、償うように強要させるために躍起になってたみたいです、私は。」

未だ自分の髪を掴み続ける私の手を銀時はゆっくりほどいていく。意味の分からない私のその言葉を静かに聞いて、「そーか」と言った。

結局、警察としても何も解決はしていない。遺族を含め江戸の人間も納得などしていないのだ。それでも、事件は終わった。誰も救われないまま。






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