小説 | ナノ 沈黙


真選組の取り調べ室に入ってから何時間が過ぎたのだろう。男からの聞き取りは未だ平行線を辿ったままだというが、もう逮捕から3日が経とうとしていた。視線を移せば机に肘をついて頭を抱える土方の姿が嫌でも目に入る。
平行線の原因は私にもあった。
何故私だけ他の女性とは違う町で発見されたのか、何故怪我もないのに血だらけだったのか、何故発見当初男は横たわっていたのか……そして、男が言った私を諦めないとはどういう意味なのか。
何かがあったことは明白だった。力のことを話してしまえば全て辻褄が合うのかもしれないが、信じてもらえるかどうかも怪しいし、第一それを拒んでいる私は「目を覚ましたらあの状態だった」と言うしかなかった。

「なんで血だらけだったんだよ。普通に考えておかしいだろ」
「……鼻血だったんじゃないですか」
「ンな訳ねーだろーが!あんなに出るか普通!」
ああ、同じ質問を何度聞いただろう。互いの疲労がピークなのは目に見えていた。土方は逮捕の日から寝ていないと言うし、私も病院に連れていかれたり聴取を受けたりと休まる暇がない。

一旦ため息をついた土方は表情を変え、重要なことについて触れた。
「ヤツがお前を神だと言ったが、どういう意味だ」
思わず前に目をやる。
「……さあ、知りませんよ……それ以外には何も?」
「ああ。何がしてェんだかさっぱりだ。飯も食わねェ水も飲まねェ。ったく、これ以上黙ってんならやり方考えねェとな」
「……拷問ですか」
そう聞いた後、土方は嫌な目をした。
「なんだよ、テメェも被害者だろ」
そう言って煙を吐きながら立ち上がり、ドアへと向かって歩きだす。
「何もねェなら帰っていいぞ神様。時間の無駄だ」
私が何も答えないとふんでか、皮肉を込めながら土方は無機質な取り調べ室のドアを開けて、顎で「出ろ」と指示を出した。いかにも警察らしい高圧的な態度に少なからず不快感を感じるが、土方の容姿によってそれが様になって見える。なんとなくその感じが二次元っぽくて頭が冷めた気がした。

「失礼します」
ドアに背をつけて威圧してくる土方の前を通って室外へ出た。すぐにバタンとドアが閉まり、土方が一歩前に出て「来い」とだけ一言呟き、廊下を進む。外まで案内するのだろう。素直に着いていくと、違和感を感じた。最初に来た道順ではない。一体どこに行こうとしてるのか……
そのとき、小さく男の呻くような叫びが聞こえた。
そちらへ目を向けると、少し離れた場所に蔵がある。
「ヤツじゃねェよ。攘夷浪士だ」
思わず立ち止まった私に土方は一言そう告げて何事も無かったように前を歩いていく。わざわざ遠回りしてまでここを通るなんて、まるでお前が喋ればこうはならないと言っているようで、それが私の中に芽生えつつあるものを自覚させた。

門の前に着いて、土方がこちらに向き直った。
「これで最後だ」
「……」
「言い残したことは?」

私は、誰を助けようとしたんだっけ?

何も言わずに私は走り出した。後ろで「オイ!」と聞こえるが、止まるつもりはない。
「はあ、はあ……」
ただひたすらに走って、認めたくない気持ちに蓋をしようとした。気づいたらいつも通っている商店街の入り口まで来ていて、遠くまで見渡すとみんないつも通りに過ごしてる。いや、いつも通りに戻ったんだ。犯人が捕まったから。
「……」
だんだんと商店街の賑わう声がぼんやりとしてくる。そうだよ、私は恐怖に怯えるこの街の女性達を助けたかった。犯人が私を探していることを逆手にとって接触して、これ以上殺人を犯さないように、止めようとした。結果、逮捕されたんだ。良かったじゃん。

街の人達は幸せだろうか。被害者家族の心は救われただろうか。被害者は成仏できるだろうか。
警察は犯人を逮捕出来たし、マスコミも視聴率が取れた。みんな万々歳だ。なのに、なんでこんなに苦しいんだろう。

アイツ……死ぬつもりかよ……

殺人犯に同情なんてしてやる必要ない。それなのに、私の感情がそれを許さないんだ。自分でも分からない。ただひとつ言えるのは、私が事件のきっかけを作った。だからそれに関わった人間みんなが、救われないと嫌なんだ。
だから、アイツを凶悪な殺人犯のまま死なせるつもりはない。言っただろ、生きて償えって。





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