小説 | ナノ 覚醒


ようやく着いたその物件は平屋の一軒家だった。

お隣の家が大家さんだと聞いていたのでさっそく入居の申請を申し出す。ついておいでと案内された先は先程の一軒家。玄関を開ける。埃臭かったりするのだろうかと懸念していたが、全くそんなことはなかった。むしろ、畳のいい匂いが元の世界との共通を生み出してくれたような気がして、少しほっとした。

「いい家じゃろ?」
「ええ、そうですね。手入れされてる」
「毎日掃除は欠かさなかったからなあ〜。お嬢さんは江戸の人間かい?」
ああ、なんて言おう。
「あ、いえ、出稼ぎに来たんですよ……母が、病気で治療費が必要なので。と言ってもまだ就職先も見つかってないんですけどね。」
「そりゃ大変じゃな…若いのにしっかりしとるのお!」
「そんなことないですよ。若くても苦労している人はたくさん居ますから」

よくもまあスラスラと嘘が出てきたなと思った。嘘に真実を混ぜると、リアルさが増すとはよく言ったもんだ。確かに就職先は見つかってなのだから。


ありがたいことに大家は信じ、大変じゃ大変じゃと目に涙を浮かべる。それだけで泣くだろうかと思ったが、年のせいなのかも知れない。泣かせるつもりはなかったし、面倒事は御免なので、明るく笑顔で話題を変えた。江戸で人気のお店とか、いろいろ。

話を聞きながら家の中を見て回る。

やっぱりどこを見てもきれいに手入れされていて、素直に「きれいですね」と声をかけて大家に視線を移す。だが大家はこちらには目もくれず、壁に手をついてうずくまっていた。脂汗が額に浮かび、苦痛の表情を浮かべている。内心、また面倒だという考えが頭をよぎったが、それは流石に酷だろう。
急いで近づきどうしたのかと背に手を当てる。

「大丈夫ですか?どこか痛むんですか?」
「こ、腰が…ううう……」

少しでも痛みが和らげばと腰全体を優しくさする。その時、なんとなく掌に体温とは違う温かさを感じ、同時に背中に鈍く重い痛みを感じた。そして大家の言葉に、私は驚きと、なぜか納得したのを覚えている。

「おや?痛くない…?いや痛、くない!痛くないぞお嬢さん!あんたが背中に触った途端治っちまった!あんた凄いのなにしたんじゃ!?」
「え、っと、」
それからは、よく覚えていない。ただただ痛みが残るばかりで。

実は医学も学んでいるんです。痛みをとるツボがあって。と咄嗟に嘘をついた。だが大家は笑顔で礼を述べ、それからは大歓迎で入居が決まり、軽快な足取りで大家は帰って行った気がする。

「っ……」
小さい平屋だけど風呂付トイレ付の居間と客間があるなかなかいい家。痛みに耐え切れず、押し入れから探し出した布団に倒れこむ。ふかふかだった。

やはり、けがや痛みのある人間に触れると、それが私に移るようだった。だが、私の右ひざにかすり傷はない。痛みだけが乗り移り、相手のけがを治せるとでもいうのか。

いつから超能力者になった?死んでトリップした特典なんだろうか。

考えなければとは思ったが、今日起きた出来事があまりにも非現実過ぎて、頭がぼーっとしてきた。瞼が重い。

押し寄せてきた睡魔と痛みには逆らえず。

ちょっとだけ眠ろう。






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