小説 | ナノ 理解


毒殺事件は、翌朝の報道番組で大々的に特集された。被害者の身元が判明したためだ。キャスターが被害者家族にインタビューする映像が流れると、ワイプに映し出されたコメンテーターがあからさまに悲痛な表情を作る。早朝にも関わらず、メディアが押しかけたことに対してコメントするヤツなんかいないんだろうな。

「娘さんが殺されて、今どんなお気持ちですか?」
映像の中で女性キャスターがその母親に質問した。それまで気丈に振る舞っていた母親の目にはみるみるうちに涙が溜まり、そしてその顔には、復讐の色がかすかに見え隠れする。
「悔しいに決まってます……出来ることなら私が犯人を殺してやりたい!」
途端、ワイプの中のコメンテーターがため息をつき眉間に皺を寄せて下を向きながら頭を横に振った。酷い、残念だと演技をしているように見えるのは私の性格が捻じれているせいだろうか。まあどうであれ虫唾が走る。涙を誘うように仕向けるメディアが嫌いだ。
「………阿呆らし」
花子はテレビを消した。



「副長、被害者の解剖を担当した医師からの報告です」
毒殺事件を真選組が担当することになった。マスコミにリークされたことが分かった時点で上からの命令が下った訳だが、昨夜のニュースでそれを知った者もいる。正直、隊士の士気は下がっている。個人の恨みによる犯行なんじゃないのか、真選組が出るような事件なのか、と。
考えにふけっていた土方は、山崎の呼び声で意識を戻す。
「続けろ」
「はい。まず死因ですが、ニュースでも言われていたように毒物による呼吸器不全でした。死亡推定時刻は発見される10時間以上前、医師が言うにはリーシンという毒じゃないかと」
「リーシン?なんだよそれ」
山崎はメモを取り出して土方にそれを見せた。
「霧にもに粉にも出来る優れもの、息を引き取るまで時間がかかるそうです。気管が壊死していたので吸わされたんじゃないかと言っていました。被害者は、苦しんで亡くなっていったんですね……」
「山崎、この資料全隊長に配れ。解毒剤が開発されてねーのは厄介だ。注意を怠るなと伝えてこい。あと、例の男との関連性も調べとけ」
「はい」
山崎が部屋を出たあと、見回りに出ていた隊士が走ってくるのが見えた。犯人に繋がる情報か、あるいは被害者に関する情報か。だがそのどちらでも無いことを、すぐ後に知らされる。

「ハァ、ハァ……副長!かぶき町でまた若い女性の死体が出ました!手口が似ているので同じヤツじゃないかと!」
「チッ、現場は?」
「それが……あの、」
「ンだよハッキリしろ」
「被害者が!二人、出たんです……」



現場検証が終わったこの日の夕方。全員が屯所に戻ってきたところで近藤が皆を集めた。土方は会議室をぐるりと見回す。士気が下がっていた隊士の顔はもうない。一部の者は遺体の身元確認の現場に立ち会った。
「娘さんで、間違いないですか?」
そう聞いた後の母親の顔は忘れない。普段テロ対策や護衛をしている隊士は、一般市民の死の現場に立ち会うことはあまりない。別れ、悲しみ、憎しみ、怒り、そういう負の感情が渦巻く場所で俺たちは仕事をしているのだと近藤は若い隊士に言った。
「なんでもっと早く犯人を捕まえてくれなかったのよ!」
母親はそんな隊士らを睨みつけ、後に娘の亡骸に縋りついて、顔を撫でて、そして泣いた。今肩を落としている隊士は、悲痛なあの母親の姿が頭から離れなくなっているのだろう。

上は既にマスコミに情報を流すことを決定している。覚悟しとけと言われた。そりゃそうだ。真選組が捜査しているにも関わらず新たに二人も被害者を出した訳だし。それに対して被害者家族のみならず、街中から受けるであろうバッシングは目に見えている。慣れているとはいえ、良いものではない。
「みんな聞いてくれ」
近藤が話し始めた。
「お前達のやり方にとやかく言うつもりはない。ただ、俺達に出来ることは早急に犯人を捕まえることだけだ!いいか、これ以上被害者を増やすな!」
会議室に、雄叫びが響いた。





夜、夕食中にウメちゃんからメールが入った。
『最近のかぶき町おかしいですよね?みんな疑心暗鬼になってる。花子さん、なにか聞いたら教えて下さい。このままじゃ……お客が減っちゃいます!!』
確かに、外を出歩く女性の数は減っている。変な男、つまり新八の言う長身のイケメンが若い女性に声を掛けているという情報が広まってからすぐに殺人事件が同じかぶき町で起きたのだから。接客業がメインのこの街にはさぞ大きな打撃になったろう。

二つの件に関して、関連性を疑うのは正常な考えだと思う。
「……」
私も、仕事中ずっと考えていた。その男と犯人が同一人物だとしたら。そして探しているのが私だとしたら、なぜ殺す必要があったのだろう。違うなら違うと去っていったはずだ……やっぱり、別の犯人なんだろうか。



気づけば私は玄関を出て暗い道を走って、万事屋の前に来ていた。確か家を出たのは夜の8時。階段を上り、呼び鈴を鳴らそうと手を伸ばそうとしたとき、中から争うような声が聞こえた。情報がどうとか、病院がどうとか……。呼ぶことを躊躇いそうになる真剣な声だったが、ここまで来て帰るわけにはいかないと、一度は止めたその手を再度伸ばした。
―――ピンポーン
鳴らすと、新八の「はーい」という声と共に玄関が開いた。
「花子さん!?どうしたんですかこんな遅くに!危険ですよ!」
殺人事件があった直後だ。言いたいことは分かるが、驚くというより心配したような表情の新八に苦笑いのような微笑みを向けて、半ば強引に玄関に押し入った。
「ちょっとさ、聞きたいことがあるんだけど」

どうぞどうぞと居間に通され、目に入った二人に「お邪魔します」と声をかけると、神楽が飛び跳ねるようにこちらに寄ってきた。「どうしたアルか?泊まりアルか?」とキラキラした目で見つめられる。随分懐かれたものだなと感慨深い。
「ごめん、そういうんじゃなくて」
言いながら新八に向き直ると、彼はビクッと肩を上げた。
「新八君が探してた男のことで、なんか分かったことがあるなら教えて欲しいんだけど」
そう告げると、新八は「僕達もさっきまでその話をしていたんですよ」とその内容について話し始めた。聞くと、私が知っている情報とあまり大差ないものだった。男に関する情報は、町で噂になってることしか表面上出てこないらしい。
ふと銀時を見ると目があった。
「……坂田さんは、何か知りませんか?」
「知って、どうすんだよ」
探りを込めた銀時のその目に、自分の眉間に一瞬皺が寄るのが分かった。知ってどうするなんて……そんなの
「聞いてどうするんですか」
横で私たちを見ている新八がおろおろし始めた。新八君は私の捻くれた部分を知らないから、少なからず動揺しているようだった。ただ話を聞きに来たのに、こんな態度をとってしまっている自覚はある。だけど、何故か焦ってしまうのだ。

その時、話に飽き始めた神楽が、結構うるさいくらいの音量でテレビをつけ見始める。新八が時計を見たあとに、あと5分でいつも見ているドラマの時間だと言った。
あと5分、時計を見るともうすぐ21時になろうとしていた。テレビからは次の番組が始まるまでの繋ぎのようなニュースが流れた。無機質なアナウンサーの声が聞こえてくる。
「まずは速報です。またしてもかぶき町内の廃屋とその近くの路地裏で、二人の若い女性の遺体が発見されました。死因は毒物による呼吸器不全、右手首が骨折していたことから、先日の毒殺事件と何らかの関連性があるとみて、真選組が捜査を進めています。また、被害者の女性に共通する点があることから、特定の人物を狙った犯行との見方が深まっています」
画面にテロップが映し出された。そこには被害者女性の共通点が記されている。
二十代前半の女性、身長165cm程、髪は肩より少し長い黒髪、質素な身なりをしていたということ。
花子は無意識に右手をさすった。
客観的に自分を捉えると、すべての項目が私に当てはまっている。桜の散り際も、右手の骨折も、つまりはそういうことだ。やっぱり、犯人は同一人物で、私を探しているのだ。
じゃあなんで町の女性を殺す?
私の代わり?
……いや、代わりじゃないか
私じゃないから殺してるんだ。

「ちょ、花子さん!どこ行くんですか!?」
玄関に向かって走り出すと新八が叫んだ。



どこに行くって、決まってんじゃん。










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