小説 | ナノ 始まる


50万貯まった。
銀行から出た花子は通帳を開きながらニヤニヤする。安月給で働いてまだ1年も経っていないのにこれは上出来だ。何かを買おうとか、旅行に使うとか目的はないのだが、達成感を味わえるからだろうか、地味に貯金にハマりだしている。
ただ、携帯電話は買おうかどうか迷っているところだった。あったら便利だろうし、暇つぶしにもなるだろう。ウメちゃんにも「え!持ってないんですか!?今どき!?」と馬鹿にされたし。どうしようかな。
「ケータイか……」
買おうかな。




「銀さん、ちょっといいですか」
「ああ?金ならねーぞ」
「違いますよ!もっと……重要なことです」
朝食を終え、神楽が定春と散歩に行ったのを見計らって、新八が神妙な面持ちで話を切り出した。厄介事はお断りだと銀時は心の中で溜息をつく。
「実は、姉上から聞かされたことなんですけど、すまいるで働いている女性達のなかで、変な男に声をかけられたって言う人がいるんです」
「何だちみは、ってか」
「真面目に聞いてください!」
銀時がテレビを見ながら鼻をほじって茶化してくることに、いつもの事だと思いながらも、新八は内心焦っていたのだ。
「妙なんですよ。その男の話すことが」
「頭イカれてるヤツなんぞみんな妙だろ」
「それが、『桜の散り際に君を見た』って言われて振り向くと『違う、お前じゃない』って凄い形相で去っていくらしいんです。誰かを探しているようで、もしそれが自分なら殺されるんじゃないかとみんな気が気じゃない、仕事どころじゃないって姉上が……」
銀時は寝そべっていた姿勢から体を起こして新八に向き直る。新八は何かいい案でも見つかったのかと期待したが、それは一瞬で打ち砕かれる。
「過敏になり過ぎだろ。ただの人探しかもしんねーじゃん」
こう言われるとは思っていた。新八自身もそれぐらいで殺されると考えるのは大げさ過ぎると思ったのだ。だがお妙から話を聞き、すまいるの女性達にその話を再度聞いたとき、彼女達の怯え方が異常であると気づいてしまった。ああ、これは普通じゃないって。
「何か起きてからじゃ遅いんですよ……探し人が姉上だったらって考えると黙って聞いてる訳にはいかない!それに、銀さんだってすまいるにはお世話になってるでしょう!?みんなに被害が及んでも平気なんですか!僕は一人でもその男を探します」
そう言い残し、新八は万事屋から飛び出していってしまった。
「……シスコンが。何もしねーとは言ってねーだろーが」





「ありがとうございました〜!」
ケータイショップから出て、花子はニヤニヤする。
「買ってしまった、最新機種」
本体自体も以外と安く、どうせメールも電話もそんなに使わないだろうと一番低いコースを選んだら、予算の半分で買えてしまった。暇も潰せるし、案外良い買い物だった。
花子は早速、自分を小馬鹿にした唯一の友人のもとへ歩き出す。

「花子さんいらっしゃーい!」
店の前まで来たとき、彼女が私を見つけて手を振ってくれる。私はドヤ顔をしながらソレをずいっと彼女の顔の前に突き出した。
「見てよこれ」
「え?ああ!買ったんですか!?やっとですね!ってコレ私が欲しかった機種!うわー先越されたーあの花子さんに〜」
「一言多いよ」
ウメちゃんはいつも欲しい反応をくれる。そんな彼女を尊敬の眼差しで見ていたら、「ちょっと待ってて!」と急いで店の中に行ってしまった。店内からはドタドタとウメちゃんが走る音と店主のうるせぇ!と言う怒声が聞こえる。
相変わらず賑やかな店だ。一旦音が止んだと思ったら、また走る音が聞こえた。
「お待たせ!花子さん、アドレス交換しよ」
息の上がったウメちゃんがニコニコしながら飛び出してきたと思ったら、アドレス交換か……
「……うん」
懐かしい。

「花子さんてケータイ使ったことあるの?」
「なんで?」
「なんか今まで持ってないって言ってたのに使い慣れてませんか?」
「……練習したからね」
別に隠すことはないのに、思わぬ指摘にドキッとして変なことを言ってしまった。だって、前の世界で使ってたなんてもはや意味不明だ。ウメちゃんは練習?と頭にハテナを浮かべて、少ししてから笑った。
「操作を練習したんですか?アハハ!そんなに負けず嫌いだと思いませんでした!あ〜おかしい」
「そんなに笑わなくてもいいじゃん。団子買おうと思ったけどやめようかな」
「え、……さすが花子さん!どんな事にも熱心に取り組んでらっしゃるんですね!で、団子何にしますか?」
こういう手のひら返しはさすが店の娘だと思って、少し笑う。私はみたらし二本、と注文してお持ち帰り用に包んでもらった。

「はい、みたらし二本!タレ多めにしました」
「ありがとう」
支払いを済ませて帰ろうとしたとき、ウメちゃんが思い出したように表情を変えた。
「花子さん、最近若い女性に声を掛け回ってる変な男がいるらしいので、気をつけてくださいね。花子さんそういうの鈍感そうだから」
「なにそれ、大丈夫だよ。じゃーね」
「ついて行っちゃダメですよー!」

ウメちゃんの大声を背中で聞いて、家についた頃にはすっかりそんな話は忘れてしまった。







「はあ、花子さんホントに大丈夫かなぁ」
「あの」
ウメは声を掛けられ後ろへ振り向いた。立っていたのは長身の綺麗な顔をした若い男だった。
「いらっしゃいませ!」
大層な美青年だなと感心しながらも、元気のいい笑顔で店内へ招き入れようと暖簾を上げたときだ。
「桜の散り際に、君はいましたか」
男が言った。
ウメが「え?」と振り向いた時には、もう男はいなかったのだが。






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