小説 | ナノ 心配


銀時が、風邪をひいたらしい。
それを聞いたのはお昼頃。神楽からだった。ペット捜しの途中に寄ったという彼女は少し息が上がっていて、ノックもせずに玄関を勢い良く開けたかと思えば、部屋でくつろいでいた私にこう言った。
「花子!銀ちゃんが死んでしまうヨ!」
その原因が風邪だと知らないその時の私は、そんな大げさな…という返しも出来ず、真に受けて驚いた。だが「ちょ!違いますから!」と後から走ってきた新八に事情を聞いたのである。

「実は、隣街の地主からペット捜しの依頼を受けているんですけど、提示された謝礼金が一ヶ月は何もしなくても暮らしていけるぐらいで……だから絶対見つけてやるって躍起になってたんですけど、銀さんときたらこんな時に風邪をひいてしまって……看病するにも銀さんは捜しに行けって言うし、姉上は仕事で大事なお客が来るし。それで、神楽ちゃんがここに行こうって言うもんだから……すみません、突然」
「いや、大丈夫だけど、坂田さんは万事屋にいるの?」
「花子行ってくれるアルか!?銀ちゃん40℃もアルネ!」
「40℃!?」
「花子さん!お願いされてくれませんか?」




ーーーピンポーン
出ない。そりゃそうか、40℃の熱なんて小学生以来出してない。大人になってそんな高熱、さぞかし辛いだろうとは思う。

一度は断った。私である必要はないだろうと。お登勢だっているし、たまもいる。だけど、神楽がどうしてもと言って聞かなかった。新八が引こうとしてもなお、だ。どうしてそこまで私にこだわるのか、理由は聞けなかったが。

ーーーピンポンピンポンピンポンピンポーン
「…………」
やはり出ない。
花子はそっと戸を開けた。鍵は締まっておらず、一旦玄関に入る。後ろ手で戸を閉める中、室内からはうめき声が聞こえてきた。聞こえてくるのは寝室の方向。急いで草履を脱いでそこへ向かった。襖をサッと開くと、グチャグチャの布団で腹を出したまま汗をかいて苦しそうにしている銀時が横たわっている。
「坂田さん、」
そう言って触れた額は、異常な熱さだった。とりあえず出ている腹の上に投げ出されている布団を掛ける。暑そうに身をよじったが今はどうでもいい。台所で水枕とタオルを用意してコップ一杯の水を持っていった。
汗まみれの顔と首元をタオルで拭い、首裏に水枕を敷く。先程よりはだいぶマシな表情になったが……

おもむろに、右手の手袋を取った。手の甲を頬に当てる。水枕より冷たいだろ気持ちいだろと押し付けたら、銀時はブルっと身震いした。
「あはは」
それを見て不謹慎かと思ったが笑ってしまう。もう一度、と再度甲を押し付けたとき、銀時がパチッと目を開け、私の右手首を掴んだ。
「病人で遊ぶな」
「あ、いや、すみません……それより大丈夫ですか?」
銀時は上半身を怠そうに起こして、半眼で私を見た。
「なんでいんの」
驚きを含んだその問いに花子は素直に説明する。神楽が来たこと、看病する者がなく新八に頼まれたこと。すると銀時は頭を掻きながら舌打ちをした。
「迷惑、でしたか?」
「あーいや、そういう訳じゃねーけど……悪かったな、アイツらが余計なことしちまって」
「いえ、あなたのことが心配でしたから」
「ハッ、花子ちゃん本当にソレ思ってる?」

軽口を叩きながらも銀時の声は掠れていて、時折咳をしていた。枕元にあった体温計を掴み銀時に差し出す。
「神楽ちゃんが40℃あるって言ってました。まず下がってるか測りましょう」
ああ、と言って銀時は体温計を脇に挟む。

ーーーピピピピ
表示板には39.6℃の文字。
「薬は飲んだんですか」
「飲んでコレだぜ、ヤベーよ俺死ぬんじゃね?」
「……」
あながち、間違いでもない。風邪をこじらせて死ぬ人だっているし、それ以外でも、突然死ぬ人だっている。だが銀時の顔を盗み見ると、全く死ぬとは思っていない顔だった。いずれ熱は下がる。どうってことない。そんな顔。

心配かけないようにとそう言ってるのは分かる。だけど私の家に走ってきた神楽と新八の気持は、きっと甘えて欲しかったはずだ。こんな時こそ、冗談でもそんなこと言わずに素直に甘えて欲しかったはずだ。

「坂田さん、私、今あなたの気持ちがわかりました」
「え?この死にそうな風邪の辛さが?そーかそーか、じゃあアイスかなんか買ってきてくんない?糖分が足んねーわ」
ほら、そうやって自分から遠ざける。買いに行ったとして、その間に玄関の鍵を締めてしまえば、私はもう入れない。
「やっぱり、あなたは自己犠牲が過ぎてますね。なんで一人になろうとするんですか?なんで平気なフリをするんですか?暑いならそう言ってよ、苦しいならちゃんと言って。助けたいのに拒否されたら何もできないじゃん」
そう、銀時を拒否したあの時の私は、今の銀時みたいだった。自分のことは自分でなんとかすると言い切って、結局何も出来なかった。助けられてばかりだった。
「……オメーからそんな言葉が出るとはな、なかなか感慨深いよ花子ちゃん」
それに、助けを拒否されて死なれてしまうのは、もうゴメンだ。
人は、一人では生きていけない。
こんな簡単なこと、もっと早く気づけばよかった。

「風邪だけじゃなくて、あなたは色々背負い過ぎです」
「随分知ったこと言うじゃねーか。まさかストーカー?」
「違います!」
また軽口が始まってしまったかと反論しかけたとき、銀時が再度私の右手首を掴んだ。それを持ち上げると、ゆっくりと自分の顔に近づけていく。ひたりと頬に当てて「冷てーな。冷え症?」と目を瞑りながら神楽と同じことを言った。それを銀時に教えると彼は少し笑った。

その様子を見ながらちょっとだけ恥ずかしくなり「魔法の右手ですよ」と冗談で言ってやった。そう言った途端、少しだけ頭に痛みが走った。ほんの一瞬だけ。すると突然銀時は気持ちよさそうに頬に当てていた私の右手を、まるで放り投げるように離した。
「どうしたんですか?」
「お前、今何した?」
「はい?」

銀時は先程測ったばかりだというのに何故かまた体温計を脇に挟んだ。少し経って表示板を見たら、そこには37.5℃と表示されている。まさか……
「さっきより、体軽いんだけど」
そう言われて、さっきの頭痛を思い出す。そして、何故か私は安心した。お婆さんを死なせたきっかけになったこの力がずっと私の足枷だった。人殺しの力なんじゃないかとさえ思う時もあって……でも、ちゃんと治せる力があるんだと、そう思ったら安心した。
だが、確実ではない。自分の意志でやってないから。
「坂田さん、風邪治させて」
「はァ?いやいやいや、そのうち治るっつーか、いや、信じて無いわけじゃねーけどなんていうの?目の当たりにすると驚くよね……うん?目の当たりじゃねーな、体験?」
動揺している銀時をよそに、私の意志は固まっていた。曖昧なことはもうゴメンだ。分からないことばかりの中で過ごしてきて、自分の体のことぐらい、確信が欲しい。
「ごめん、黙って」
上半身だけ起こしていた銀時の体を布団へ押し倒す。どこが風邪の元か分からないから、とりあえず額に右手を乗せた。
「花子ちゃんんん!?ちょ、心の準備がまだなんですけどォ!」
「寝てるだけでいいから……っ」
少しだけ手に力を込めると、アノ感覚が腕に走った。同時に発生する頭痛に思わず顔をしかめる。
その瞬間、黙っていた銀時がむくりと起き上がり、私の肩を掴んで逆に布団へ押し倒した。「うわあ!」と声を上げる私を見下ろす銀時は、なぜか怒っているようだった。実際には無表情でわからないけど。

「え?」
「オイオイどーしたんだよ、痛そうな顔して。大丈夫か?」
「坂田さんこそ、どうしたんですか?急に。怖いですよ」
誤魔化すつもりではいたが、ギュッと肩を掴むその力に、その目に浮かぶ心配の色に、銀時は気づいたんだと悟った。
(大したことないのに)
「……自分の苦しみが相手に移るのは堪えられませんか?」
「テメーもたいがい自己犠牲が過ぎるな」
「でも、治ったようでなによりです」
「あークソッ」

その後、私は布団の上に正座させられ、小一時間の説教を受けた。もっと早く言えとか、無駄なことに使うなとか。だが頭痛によりそろそろ限界を迎えていた私の集中力は切れ、その後はあまり覚えていない。






×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -