小説 | ナノ 救い


ぼんやりとした頭で、重い瞼をそっと開く。何度かパチパチと瞬きを繰り返して、やっと状況を把握できた。
(最悪……)
ふと目に入った時計は、10時を示している。もちろん、午前のだ。折り畳まれた布団の上でそのまま寝たせいか、体が痛い。それに加え、長時間左腕を枕にしていたせいで感覚が無い。血が止まっていたらしい。

私はとりあえず立ち上がって、大きく体を伸ばした。至る所で「パキッ、ポクッ」と音を鳴らす骨と関節に、ちょっとスッキリする。同時に左腕の血管に血が流れる感覚を感じた。ゾワゾワして気持ち悪いけど、どこかで感じたことがあるなと思った。
(あ、あの時に似てる)
血が流れだす時は少しひんやりするような気がするが、その後一気に温かくなる。それに似てるのだ。力を使ったときは。

部屋の窓を開けると、この時間にしては珍しく涼しい風が入り込んだ。鳥の鳴き声や商売人の明るい声が聞こえる。あれ、今日って仕事あったっけ。そう考えるも、おばちゃん二人になら後でちゃんと謝れば大丈夫だろうと考えるのを止めた。
こうやって賑やかな街の音を聞いていると、昨日あった出来事が、嘘だったんじゃないかと思える。

遠くの通りから、喪服に身を包んだ女性が一人、こちらにやって来なければ。全てが嘘だったと、頭の中で切り替えられたのに。



ーーーピンポーン
ややあって、玄関のベルが鳴った。
「はい」と、誰に聞こえるでもない小さい声を出して玄関のドアを開けた先には、やはり喪服の女性が立っていた。検討はついてる。
「こんにちは、カンタの母親の晴代と申します」
そう言って、その女性は深くお辞儀をした。


「すみません、紙コップしかなくて…」
「いえ、お気遣いなく。カンタが散々ご迷惑をかけたと伺いましたから。謝るのはこちらの方です」
「……え?」
「万事屋さんから、全てお聴きしました」
そう言ってから、晴代さんはお茶を一口飲んだ。私は、彼女にあの出来事がどのように伝わっているのか不安でしょうがなかった。下ばっかり向いてると危ないと言われた時の銀時の声が聞こえた気がするが、下を向かずにはいられない。どうせならここから逃げ出して、いっそ死ねたらどんなに楽だろうと思った。
死んだって楽にはなれないと知っているのに。

「あなたのこと、万事屋さんにお話を聞くまで忘れていたの。ごめんなさいね。転んで泣いてたカンタを助けてくれたあの女性だったのね。それにミケも。ありがとうございます」
「やめてください…私は、感謝されるようなことはなにも…」
「何言ってるの、十分感謝に値することよ?」
「………」
責められることを覚悟していた。銀時がなんて言ったのか分からないが、ただ、お婆さんのことは感謝されるようなこと事ではない。
「それに、母を助けようとしてくれたって」
「っ……」
「ありがとう。カンタが言う魔法って、正直嘘だと思ってたの。でも万事屋さんの話を聞いて、もしかしたらって思って。私自身が全てを見ていた訳ではないけれどね、ただあなたが自分を責めているなら、それは間違ってるわ」
「そんなっ……」

間違いなんかじゃない。だって、喪服来てるのってそういうことでしょ?あなたの大切な人を奪ったのに、なぜそんなことを言えるんだ。
私が目にみえて否定しようとするのを、彼女はサッと手を出して制した。それはもう、穏やかな表情で。
「……母はね、もう手遅れだったのよ。誰が何をしようと、もうダメだったの。あなたの力を信じてない訳じゃないわ?でもね、母は苦しんでたの、痛みや薬の副作用に。それにね、恥ずかしいことだけど、母は精神的に弱いところがあってね。周りに恵まれているというのにそれに気づかないところがあって……きっと楽になりたかったのね……あなたに救われ生きるより、死を選んだのよ。それだけのこと」
「……」
晴代は微笑みながら先を話した。
「もっと早くあなたに出会うべきだった。カンタのワガママと母の選択によってあなたを苦しめてしまって……」

それきり、彼女は口を閉ざした。ややあって聞こえる鼻をすする音。私はテーブルの上に適当に置いてあったボックスティッシュを彼女の方にずいっと差し出す。
「……っ、ごめんなさい、ありがとうございます」
その言葉は、何に対して発せられたのだろうか。なんで私は何も言えないのだろうか。話そうとすると喉が詰まったように苦しくなって、言葉が出なかった。自分が泣いていると気づいたのは、ずいぶん後だ。

「私は、あなたの大切な人を死なせてしまいました……その人が自ら死を選んだとしても、そのきっかけを作ってしまったのは、私だと思っています。晴代さんの言葉に甘えることもできるけど、それじゃああなたが浮かばれない。カンタ君も、お婆さんの死を受け入れられないと思うんです……あの、だから、許さないで下さい。私のせいにして下さい。そうじゃないと、きっとこれからも私は間違いを繰り返すから」

言い終えて、ずるいと思った。また私は逃げようとしている。許されなければ、この家族に会わずに済む。怖いからって力を使わずに済むように、私に都合の良い口実を作ろうとしてる。でもそんなもの、この世界では通用しない。

「何言ってるの、あなたのせいになんて出来ないわ。母の意志だもの」
「………」
「母の死に顔、とても綺麗だったわ。安らかだった。きっと天国で自由になれて嬉しいでしょうね。私には母の笑った顔が目に浮かぶの。だから代わりに言わせてちょうだい。……楽にしてくれて、ありがとう、山田さん」
「……っ……うう……っ」
いっそ、責めてくれればよかったのに。


「明日の告別式に、来てくださる?」
「……っ、はい…」





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