小説 | ナノ 弱さ


「はあ、はあっ、けほっ……」
病院の敷地を抜けるまで、私は腕を引かれて走り続けた。道路に出てやっと立ち止まった男の隣で息を整えながら、最近は走ることが多いな、とどこか客観視している自分が思う。

「なんでっ、居るん、ですか?」
まだ落ち着かない呼吸に鞭を打ち、そう男に問いかける。
「なんでって、こっちの台詞だわ。お前が飛び降りてくる前から居たからね。むしろその前から居たからね」
そう言って、銀時は気だるげな表情を変えずに口元だけをニヤリと歪めた。弱味を握ったつもりなのだろうか。驚く私をよそにとんだ悪人面だ。誰かに見られているとは思いもしなかった。それがこの男だなんて。

「ぐ、偶然ですね。私はたまたまお見舞いに来ただけで、急にブザーが鳴ったからちょっと驚いただけっていうか」
「俺何も言ってねーけど。なに、自分から説明してくれんの?つーかよ、驚いただけで窓から逃げるってお前そんなヤツだっけ?」
銀時の言葉に、私は口を紡いだ。自分の言ってることは滅茶苦茶だし、当たり前だが余計に怪しまれてる。
……というか、私は銀時に対して一連の出来事を弁明する義理はない。そもそも、力があったことすら知らないのだし、カンタの想像だと思っているはずだ。別にどう思われようがいいじゃないか。先に拒否したのは私なのだから。


風が吹き、少しだけ肌寒く感じた。
「……すみません気にしないで下さい。助けて頂いたようで、ありがとうございました。失礼します」
それよりも、先ずはお婆さんがどうなったのか確かめなくてはならない。銀時の横を通り抜け、私は病院への道を戻る。

「オイ、そっち病院だぞ」
「はい」
歩みを続けるが、次の銀時の台詞に立ち止まってしまったのは不可抗力。
「なァ、カンタが言ってた力って本物なんだろ?」
そう言って銀時は逃がすまいと立ち止まった私の腕を掴んだ。こんなこと、前にもあった。
「…………」
「オイどうなんだよ」
「…………」
「花子ちゃーん、だんまりですかァ?」

坂田銀時というキャラは、言いたくないことは無理に聞かない寛大さを持った人だと思ってた。私の思い違いだったのだろうか。
「本物だったらあんなことになってないですよ。聞かなくても分かるでしょ。病室見てきたらどうですか……私にいちいち聞かないで。力なんてないんだから………っ…だから、」

だから、なんなんだ……。

最初から分かってたじゃないか。確実に治せるかどうかもわからないのにここに来て、病人に触れて。まるで人体実験。自分には力があると過信して、お婆さんを使って試したも同じ。

馬鹿だ、本当に。何がしたかったんだろう。何をやっても中途半端。そのくせ自分を守ることだけは一人前。結局そんなヤツに人助けなんて無理だったんだ。誰かを悲しませ、がっかりさせることしか出来ない。
「救えるって思った自分が馬鹿みたい……」
「…………」
「結局、言った通りじゃん。期待なんか持たせないほうがいいんだ。だから嫌なんだよ……あーあ」
涙がたまって落ちそうになるが、それにかまっていられるほど今の私には余裕がなかった。

自分では、勇気を出してここに来たんだ。衝動的とは言え、助けたいと思ったから来たのだ。ずっと保身に逃げていた私の、勇気を出した二回目の人助け。こんな結果になるなんて思わなかった。
花子は銀時の顔を見上げた。
「……死んじゃってたら、どうしよう」
せめて生きていてくれたらそれでいい。もう関わらないから。余計なことはしないから。

見つめた先の銀時は、月の逆光でよく見えなかったが、私の腕を掴む力が少しだけ、強くなった。





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