小説 | ナノ 想定外


私は手袋を外し、ベッドへと一歩近づく。足音がイヤに響いた。

その音を聞きながら、頭の隅でふと思う。
(あれ、私って病気も治せるんだっけか…)
カンタの膝や大家の腰、冷静に思い起こせばあれらは“怪我”だった。それ以外には力を使ったことがないから力に確実性があるかどうかも分からない。

ピッ、ピッ、ピッ、
「………………ああ、もうっ」
考えてはいけない。ここまで来といて、ぐずぐず考えるこの癖も悪いところだ。

そう思い直し、花子は、手をお婆さんの腹部に乗せた。はっきり言うと、心の準備などというものはしていない。行き当たりばったりだということは、先程のことを問ってもよく分かっている。だから、やってみるしかない。

しばらく深呼吸を続け集中するとあの感覚が手に伝ってきた。徐々に、徐々に温かさが宿る感じがする。やった、と思った。これでカンタをがっかりさせることはなくなりそうだ。

安堵しながらも、私はそれから身構えた。このあと、痛みが襲って来るはず。
「………………ん?」
しかし、いくら待てどもなんのことはなく。シンとした空気がさらに静けさを増していくばかり。呆気ない。ただその一言に尽きた。温かさも、消えていくのが分かり、花子は冷たくなった右手を見つめた。




ピーッ!!ピーッ!!ピーッ!!
「っ!?……」
治ったかどうかも確かめようがなく、帰ってしまおうかと腹部から手を離したとき、突然、大音量の警告音がモニターから響き出す。そして、遠くから聞こえ始める看護師達であろう人の足音。

ちょ、どどどうしよう!どうしよう!
予想外の出来事に焦りだけが頭を占めて、状況を把握する間もなくふと見た先に窓が見えた。ここから出ないと、という一心で私はそこに向かった。幸いなことにここは一階。カチャリと鍵を開けて窓ガラスをスライドさせる。
「……やく!…当…の先生は!?」
「……から……向かって…す!」
開けきったところで廊下からの看護師の声が鮮明になり、ヤバい、と思った時には、私は窓枠に両手を掛けてジャンプで窓から飛び降りていた。

(うわ、自分超身軽……)
こんなときに他人事のように馬鹿なことを考えていられるのは、今、自分がやっていること、置かれている状況が理解できていないからだろう。

数秒後、ガラガラと病室のドアを開ける音が聞こえ、
「サチレーションは?」
「心マ早く!」
「先生まだなの!?」
すぐにそんな声が雪崩れ込んできた。

地面から窓までの1mほどの高さのコンクリート壁に体を預けしゃがみこんだまま、私は息を整える。病室のドアが開かれると同時に窓を閉めたから、誰かがいたという痕跡はないはず。
バレてない、大丈夫だ。

「あ、先生!」
「すまない遅れてしまって、サチレーションは?……低いな。誰か家族に連絡してくれ!今夜が山だ」
室内からはそんな会話が聞こえてきた。




「…………」
バレたとか、大丈夫とか、そういうこと言ってる場合じゃない。今更になって、手が震えてきた。そもそも、なんかおかしい。夜風に当たりながら思う。今夜が山って、なにそれ……
「嘘だ……」
あの時手を離したから?それとも最初から治ってなかった?そもそも、力なんてやっぱりなかった……?

原因は分からない。分からないけど、自分が関わっていることは明らかだろう。だって、タイミングが良すぎる。
もしも、もしもお婆さん死んだらそれは私が
「……こ、ろした?」

「何を殺したって?」
不意に後ろから声がして、「うわぁ!!」と声を上げて立ち上がってしまった。
「ばっかオメー、チッ、行くぞ!」
「ちょっ!」

立ち上がった時に室内の看護師に存在が知られてしまい、「誰!?」という女性の叫び声が聞こえた。だがその声が私の耳に届く頃には、私は腕を捕まれてその場を立ち去った後だったのだが。





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -