小説 | ナノ 始め


誰しも別の人生に憧れを抱くことがある。今の人生が楽しくないとか、後悔だらけだとか、理由は様々あるだろう。だがそんなものに憧れるのは、結局それが現実にはあり得ないと知っているから。





「……」
目の前には医療機材に囲まれて眠っている高齢の女性。体つきやカテーテル、点滴の多さからもう永くはないと誰もが思うだろう。


この世界には、きっと山崎や銀時みたいな人がたくさんいるんだと思う。本質で誰かを守ろうとする人が。私は同じにはなれないし、真似も出来ない。でも、本気で誰かを拒否出来るのに、本気で誰かにぶつかることが出来ない自分は、恥ずかしいと思った。だってそれは、自分を守る代わりに相手を傷つけてるのだから。

ピッ、ピッ、ピッ、
彼女が生きている音が、この病室にこだまする。それ以外の音は私がここに入った時から消えてしまった。ただ眠っているようにも見えるが、意識下では多分、痛みや苦しみ、死への恐怖は感じているだろう。

私は今から、それらを取り除くことで彼女の寿命を延ばす作業に取り掛かろうとしている。だがカーテンの隙間から覗く月明かりが彼女を照すと、その青白い光のせいで最早手遅れであると錯覚させられる。

彼女は病前から人望があり、慕われてきた存在なんだろう。ベッド周りの千羽鶴やぬいぐるみ、手紙の数々を見れば明らかだ。彼女を救うことが出来たら、一体何人の人間が肩を抱き合い喜ぶだろう。私がやってすべて丸く収まるなら、それに越したことはない。喜ぶ人間が増えて、私も心の安定を取り戻せる。銀時との関係は……もういいか。

今の私に人助けに対する恐怖心や嫌悪感がないのは、きっと山崎に助けられたことで感化され、流された結果だと思う。いや、今まで他人に本気でぶつかったことがない、私の人生の幼稚さが招いた結果か。
以前は、こうも簡単に流される人間ではなかった。それは、自分の心に閉じ籠って壁を作っていたから。自分の安定を図るために、他人を拒否していたから。
私には、経験が足りない。そして強さが足りない。

でも流されてもいいと、自分の弱さを認めなきゃいけないと思ったからここに来たんだ。足りない経験をすることで、何かが変わると思ったから。



ピッ、ピッ、ピッ、
そろそろ、始めようか。





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