小説 | ナノ


あれからずっと暗闇の中を歩いている気分だった。感情が一つ抜け落ちたみたいにボーっとやり過ごす日々。人の視線が気になってますます閉じ籠るようになった。人と話すとこの人もどっかで私のことをクズ人間だと思っているんだと、そんな気がしてならない。こうも見る景色が違ってくるものなのだろうか。自分から突き放したと言うのに。

「っ、」
かぶき町の大通り。仕事終わりで早く家に帰りたかった花子は下を向いて速歩きしていたせいか誰かと肩がぶつかった。すみませんの一言でお互い様なレベルの接触だったからすぐに立ち去るつもりでいたのだが、どうやら相手が悪かったようだ。
「オイねーちゃん、どこ見て歩いてんだコラァ!?ワシの腕折れちまったんじゃねーか?ああー痛ェー痛ェー!」
「頭ァ!大丈夫ですかァァ!?」
「お前!土下座しろ!」

口調だけでもわかる。相手は堅気じゃ無い。ああ、面倒なことになった……
相手は三人組で私がぶつかったのは地位の高い人間のようだった。痛がる素振りをしているがそれだけデカイ図体しといて骨折とは。ドラマや物語上でありがちなフレーズにこの後起こる出来事も大方予想はついていた。そう思って無視を決め込んだとき

「オイオイオイ聞いてんのかィねーちゃん、こりゃ土下座じゃ済まねーな。体で払って貰おうか」
後ろを取られて首に腕を回されてしまった。その状態のまま耳元でそう囁かれる。一気に溢れだす下心や周りの手下からのイヤらしい視線にヘドが出そうだ。本当に、面倒以外の何ものでもない。思った通りにことが進むのはやはり二次元らしい。
そのまま喋りもせずにいたら諦めるかと思っていたが、男のもう片方の手が下から腹を這い上がり、徐々にそれは上がって来た。そしてとうとう胸までたどり着くその寸前に、男の手の甲をつねる。「いっ!!」と焦るような声とぬるりとした感触に、ああ、刺さったな、と他人事のように思う。そんなに力を入れたつもりはないのに。
だがそのおかげで出来た一瞬の隙に逃げ出そうと、すぐに花子は足を前に出した。いつまでも関わっていたくはない。

だが惨めにも斜め前にいた手下に足を払われ、その場に転んでしまった。頬に砂が付く感覚に一層惨めな思いが募る。一般人達が横目にこっちを見てくるが、誰も助けに入ろうとはしなかった。
私にはお似合いの展開じゃないか。

「ハッハッハ!馬鹿な女だ!」
男の声が響く。ほんとそう思うよ。
再び手が伸ばされ、首もとの襟を掴まれ引き上げられた。とうとう終わりかと諦めて力を抜くが、自分の意思とは反対に、どうしてか私は走り出していたのだ。
力強い手に腕を引かれて。









「はあ、はあっ、っ……はあ」
息が苦しい。脚がもつれて何度も転びそうになるが、黒服の人がその度に強く手を引いて立て直される。一体いつまで走り続けるのか。周りを見る余裕なんてなかったが、ここが見知らぬ土地だということは分かった。

時折後ろを振り返りながら走るその人は急に路地裏らしきところへ曲がりだす。その突飛なカーブに着いていけず、私は曲がりきったところで膝から崩れ落ちた。目眩がする。呼吸も随分と荒くなって心臓も激しく動いている。
「おっと…大丈夫ですか?立てます?いや、座ってていいかな。もう追って来ないみたいだから」
息を整えることに必死になっていたところ、ふと近くでそんな言葉が聞こえた。え?と顔を上げると、20pの近さで目がかち合う。
「あ………」
「ん?……う、わァァァァ!すいませんごめんなさい!そういうつもりじゃないんですごめんなさいィィ!」
慌てふためきながらズズズと後退りし、何度も腰を折り曲げて謝ってくる男性。全体がようやくハッキリ見えたとき、黒服の正体が明らかとなった。

真選組の山崎退。
崩れ落ちた私の腰を抱き抱えるように支えてくれていたみたいで、だからかどこも痛くはなかった。まあ彼が焦って後退すると同時に手を離されて尻餅をついたのだが。

こんな時に、新たなキャラと出会ってしまった。花子はゆっくり立ち上がり、お尻に付いた砂を払う。前方では未だにごめんなさいごめんなさいと頭を下げ続ける山崎。
「あの、別にいいですから」
「ごめ……え?」
「顔が近いぐらいで別に何とも思ってないので」
「え、あ、そう?あははは、俺一人でびっくりして恥ずかしいなぁ〜はは、は」
「…………」

とりあえず、ということで二人はその場に置いてあるビールケースに座り込む。この場所をぐるっと見渡せば飲食店の裏手であった。辺りには食欲をそそる香ばしい匂いが漂っている。通りの方角に目をやればネオンが輝き始めていたが、風俗店のような騒々しさはない。どうやらここは落ち着いた一般的な飲食街のようだ。

「で、君はどうしてあの人達に絡まれてたの?」
花子は軽く一連の出来事を山崎に話した。自分はただ肩がぶつかっただけで、ケチをつけてきたのは向こうのほうだと。
「そっか、まあそうだろうとは思ってたけど……女性なんだしさ、ああいう時は下手に刺激しないですぐに逃げたほうがいいよ。俺達も目を付けてる結構厄介な連中だから」
言い終えると山崎は花子の左手を取った。
「爪に血が付いてるし。どうしたの、これ」
「……わざとらしいですよ。見てたくせに」
「あ、あはは…でも、スゴいなァ〜。普通は怯えて何も出来ないよ。怖かったでしょ?」

問いかけられてあの場面を思い出す。怖い、なんて思わなかった。私が恐怖を感じるのはああいう場面ではないのだ。ただあの時は面倒くさくて、苛立ちと諦めの感情だけ。街で見かける女の子のように可愛く助けを求めることも私には出来ない。
だって 
「私は、普通じゃありませんから」
花子は失笑気味に答える。だからといって特別にもなれないのに。可愛げのない言葉に顔をしかめるでもなく、山崎はただ黙っていた。

「名前聞いてもいい?」
「……山田花子です」
「俺は山崎退。よろしくね」
「はい……」
突然の自己紹介に戸惑いはしたものの、自分はまだ坂田銀時以外のキャラクターに名前を知られていないことに気づいた。これで二人目。でも、二人目が山崎で良かったかも知れない。この人の雰囲気に少し救われた気がするから。

少しの間が空いて山崎が口を開く。
「………俺はさ、副長たちのように強くないから、下手に戦うより走ったほうがいいと思った。ああいう時は逃げたもん勝ちだからなあ〜。でも正解だったね。君に怪我がなくて良かったよ」
「……ああ、はい、ありがとうございました」
あまり感情のこもっていない感謝の言葉に、山崎は少し笑った。

「(なんか不器用な人だなぁ)」
「真選組って、もちろん戦ったことあるんですよね…」
「え、う、うんあるけど…」
「そういう時って、怖いですか?それとも感情が高ぶってむしろ楽しいとか…」

唐突に、まさかそんなことを聞かれるとは思ってもみなかった山崎はきょとんとした表情で花子の横顔を見つめる。この年代の女性は戦いなんかに興味を持つのだろうか。いつもなら沖田や土方にファンレターを渡してほしいとか、チンピラ集団と罵られるばかりであったから。とても、かなり意外だった。

「あの、どうなんですか」
なかなか返事をよこさない山崎に花子はしびれを切らせる。
「ああごめん、えっと、俺は…怖いかな。うん。誰だって死ぬかもしれないって思うと怖いよ。副長たちは喧嘩好きだからもしかしたら楽しんでる時もあるかもな。ほんと、化け物だからあの人たちは。特に沖田隊長、ついていけないなァ」
「………」

聞いてもいないのにこの人はよく仲間の名前を出す。彼らと比べて自分を卑下するような言葉を使う割に、彼らと働いている自分に誇りを持っているように、自信に満ち溢れた表情をするんだ。
「刺されたり、死にそうになったことだって何回もある。それでも、怖がってばかりはいられないんだ。それじゃあ真選組に居る意味がない。この街や人を守るのが俺たちの仕事だから」

そして、それ自体が恩返しなんだと彼は最後に言った。誰に、何に対してかはわからないけど、彼はたぶん、絶望に追いやられても希望を捨てない人なんだって思う。それが偽善や綺麗事じゃないことくらい、私にだってわかる。

自分から振った話だというのに一言も返事を返すことは出来なかった。死というものに感じる恐怖は同じかもしれない。でも、彼と私では決定的に違うんだ。死に対する覚悟が。

もしあの子の願いを受け入れたら、私は彼のようになれるだろうか。この暗闇から、解放されるのだろうか。




「さあ、山田さん。そろそろ帰ろうか、暗くなる前に」







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