過去編epilogue
「ほら、終わったよ」
おもむろに投げかけられた言葉と共に重い鉄の塊が飛んできた。ぼんやりと感慨に耽っていた私は慌てて立ち上がり、それが頭上に墜落する前にキャッチする。
犬の餌じゃないんだからと文句を言いたい気持ちもあったけれど、今回ばかりは私のために主人が直々に手間をかけて下さったのだから、口にするのは感謝でなければならない。
「ありがとう……ございます?」
「疑問形なのは主人に喧嘩を売っていると見なしていいのかい?」
「ち、違いますよ! ただ、ようやく両刀に慣れてきたのにこれの練習もしないといけな……ッたぁ!!」
言い切る前に長い腕が伸びてきて、ノールックで放たれたデコピンに悲鳴を上げる。
その衝撃で今しがた手渡されたばかりの“改造銃”を取り落としそうになり、危機感と恨み混じりの吐息がこぼれた。
──と、間を置かず主人の冷たい視線が追い討ちをかけてきて、私はそれだけで射竦められてしまう。そして、
「また魔剣を飛び道具にされては敵わないからねぇ?」
「……その節は大変、失礼いたしました」
よりにもよって痛いところを突かれ、反抗心も吹き飛び私は綺麗な角度で頭を下げた。
我が主人がねちっこく仰せになられているのは、先日のシーカー族の墓地の戦いで私が魔剣をぶん投げて使った件についてだ。
せっかく両刀での戦い方を鍛えてやっているのに、私があんな使い方したので根に持っているのだろう。というより、同じ剣として御法度だったのだと思う。
結果封印を壊せた訳なので、お叱り自体はあまりなかったけれど。
私は未だに痛む額をさすりながら、手にした銃をじっくりと眺める。
「……『鳥除けの銃』」
それはかつて空の世界で生きていた『わたし』を象徴する、お守りだったもの。
空から大地へ降り立ってすぐの頃は使い時がなく、しばらくは自室に眠らせたままにしていた。
しかし墓地での戦いで私にも飛び道具が必要だと判断した彼が、文字通りの魔改造を施し──、
「『魔銃』……ってことですよね」
「そういうこと」
──かつて空砲だったそれは、私の魔力を変換し、弾として放つ銃となった。
正直、私の中にある微々たる魔力でどこまでこれが機能するかはやってみないとわからない。剣技と同じく、実戦で使えるようになるまでは訓練を積まなければならないだろう。
しかし何にせよ、使える武器が増えるに越したことはない。
これから、戦いが始まるのだから。
「頑張って強くなります。……マスターのために」
私は久々に握った重い鉄と鉛の感触を確かめながら、静かに宣言する。
ギラヒム様は「フン」と鼻を鳴らすだけだったけれど、その口元には笑みが浮かんでいた。
──果てしない雲海を隔てた、無限の大地。
雲の下のこの世界には、悠遠の昔から陽光が注がれていない。きっと空では、煌々とした太陽が姿を見せているのだろう。
大地で暮らし始めてから、あれだけ苦手だったはずの日の光が懐かしくなる時がある。空にいた頃は永遠に曇っていてほしいと願っていたはずなのに、人は本当に欲深い生き物だと思う。
主人の命令で空の世界に潜入することはあっても、大抵が夜の間だ。それでもいつかまた、日が注ぐ下で空を歩く時が来るかもしれない。
それは半分故郷としての意識を持ち合わせた情報収集ではなく──女神の兵隊と戦うための戦地として、なのであろう。
そうなってしまう寸前まで、私はたどり着いてしまった。
空に楽しい記憶がない訳ではない。
空に大きな憎悪を抱いている訳ではない。
ただ私は、生まれた理由に従って戦うだけだ。夢は、とうの昔に終わりを告げた。
いつ目が覚めても曇りのこの大地で、
私は私のマスターのために──今日を、生きていく。
雲の下の大地。
戦争が始まる前の、とある日。