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過去編0 子宮と胎児



 名前を呼ばれた気がした。

 わたしが振り返ることはない。返事をすることもない。ここが夢の中だからだ。

 わたしは目を閉じている。当然のように真っ暗。真っ暗で、どことなく生ぬるさを感じる。
 声だけが聞こえる。でも、知らない声。だからこれは夢。


 再び名前を呼ばれた気がした。
 そろそろどこから声が聞こえてくるのか気になってきた。

 でも目は開かない。
 声はこの暗い空間全体から、あるいはわたしの内側から響いてくる。

 こんなにも声が反響する場所はどこなのだろう。
 わたしの内側の、内臓の、どこから声がきこえているのだろう。
 

 名前を呼ばれた。三度目。

 わたしはまだ目を開かない。
 でも瞼の裏で、目の前の世界を、声の響く世界を思い浮かべる。

 ──子宮と、胎児。
 何故かそう、おもった。
 
 
 名前を呼ばれた。四度目だ。
 しかしわたしは確信する。声の響く外と内を。

 では、とそこで疑問に思う。
 ここは誰の子宮で、胎児はなぜわたしの名を知っているのか。


 五度目の声は、聞こえない。
 わたしの頭は疑問に満ちていたからだ。

 ここが子宮ならば、その主はわたしの生まれる理由を知っているのか。
 これが胎児の声ならば、わたしの血の色はみえているのか。


 六度目の声は、もう響かなかった。
 わたしが返事をしたなら、目を開けたなら、疑問の答えはそこにあったのだろうか。


 もはや名前を呼んで欲しくてもその術がない。
 あなたはわたしの名前を知っていても、わたしはあなたの名前をまだ知らないから。


 だから、あなたがまたわたしを呼ぶなら。
 あなたの名前がわかったなら。

 その時は、抱いた疑問の答えを教えてほしい。

 あなたの伝える答えがおそろしいものだったとしても、知りたいからだ。
 

 七度目の声も、聞こえなかった。
 


子宮と胎児
生温く、真っ暗で、
しかし安心する胎内での、夢