拍手短編


 薄い唇の柔らかさを意識させられる感覚は、もしかしたらキスをするのと同じかそれ以上なんじゃないかと思った。
 そうしてその感触を刻むかのように数度食まれれば、一拍置いて生温く濡れた舌で一舐めされる。
 されると半ばわかっていたとは言え、その熱には嫌でも体が反応してしまう。力が抜けてしまう。目の前の彼に意識が向いてしまう。

 ──でも。
 主人、ギラヒム様が何故唐突に私の人差し指と中指を舐めだしたのかは全くもってわからない。

「あ、の……ギラヒム様……?」

 試しに声をかけてみる。が、虚しくも鮮やかに無視される。
 代わりに返ってきたのは指の腹を舌が這い上がり、皮膚を擦られる感触。そのまま指先を撫でられたと思えば小さく吸われる。
 そうして解放はされないまま、再び私の指は彼の口に含まれた。

 ……人には知覚できない味でもするんだろうか。
 これが歯を立てて溢れた血を舐める、という流れならまだ納得がいった。納得すべきでないとわかっているけれどその場合の目的は想像に難くないからだ。

 今回はと言うと、いつものごとく膝の上に呼ばれたと思えばまず向き合って座らされた。
 一体今日は何をさせられるんだと思った矢先、徐に捕まった手は躊躇なくその口へ運ばれたのだった。
 起きたこととしてはそれだけだ。しかし咥え込んでから一度も口から離さず、目を細めて私の指を舐め続けている主人が何を考えているのかさっぱりわからない。

「ッ……!」

 と、呆気に取られていた私の頭に無理矢理刺激を与えるかのように、鈍い痛みが指の腹を刺す。
 考えるまでもなく歯を立てられたのだと察する。が、普段に比べほんのわずかな力で噛まれただけで血も出ていないどころか、その痛みを彼自身が癒すかのように再びそこを舐められる。

 そうやって緩急をつけて彼の口内で溶かされて、二本の指というごくごくわずかな部位にのみ与えられる生温かい熱。何もされていないはずの顔や体もいつしか温度が上がっていく。

 加え断続的に立てられる湿った音と、低く喉を鳴らす彼の声音が耳に届いて、そしてまた、強く、吸われて──、

「──ぎ、」

 私の喉奥から掠れた呻き声が小さくこぼれた直後、

「ギブアップです、マスターッ!!」
「────、」

 限界を迎えた叫びと共に、私の指は彼の口から解放された。

 解放とは言うものの私の指は彼の口内から脱出しただけ。それは一瞬だけ目を見開きすぐに顔をしかめたギラヒム様によりわざわざ残った唾液を丁寧に舐め取られた後、渋々といった情緒を全開にしながらなんとか手放された。

 その目は私を睨んだまま、嘆息と共にようやく彼が言葉を落とす。

「……堪え性のない」
「なくていいです、あのまま死んじゃうよりは!」
「確かに未練の無い程気持ち良さげな顔はしていたね。逝けば良かったのに」
「どっちの意味でもそれは嫌です……!!」

 至極ご満悦だった指舐めタイムを強制終了されたのがあまりにご不満だったのか、向けられる罵倒の言葉が容赦ない。
 けれどあのまま指の刺激だけで昇天させられるよりは断然マシだった。

「ていうか、なんだったんですか本当に……」

 指は解放されても膝の上からは解放されず、私は主人の顔を見上げる。

 すると艶のある流し目で見下ろされ、形の良い唇が綺麗な弧を描く様に刹那、呼吸が止まった。そして、

「──気分」

 返ってきたのはたった一言だ。
 だがそれだけで追及する気は消え失せて、何故か向けられたドヤ顔すら色っぽく見えてしまうのだから、いい加減私もこの主人に毒されすぎていると内心で反省したのであった。



(拍手ありがとうございました!)
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