短編


*幼児化

「ふっふっふ……」

 やけにわざとらしい笑いが込み上げたと自覚したけれど、手の中でころころと転がるそれを見ると再び同じ笑いがこぼれ落ちてしまった。
 手の中で肌に青い光を反射させながら転がっているのは小さな石。地面に落ちればすぐ見つからなくなってしまいそうな、アメ玉のような大きさの石だ。

 ──わざわざ砂まみれになりながらラネールまで来て良かった。
 手の中の石……小さな時空石をぎゅっと握りしめ、思いついた企みを再度頭の中で反芻する。

 私は今、普段あまり足を運ばない遠方、ラネール地方からの帰路についていた。ラネールはその地のほとんどが砂漠化しており、砂嵐が吹き荒れたり油断すれば流砂に沈んだりと毎度良い思い出のない場所だった。
 しかし、今回の探索──それも運の良いことに主人の同伴なしの探索で、私はこの手のひらサイズの時空石を密かに入手したのだった。

 この青く透き通った石はラネール鉱山で採れる希少なもの。その名の通り、時空に干渉出来る力がある。……つまり衝撃を与えると一定範囲の時間が遡って再現されるのだ。
 どういう原理かは私も知らない。もしかしたら時間を遡る以外の使用方法があるのかもしれない。が、私はこの石を見た瞬間、閃光のように一つのイメージが浮かんだ。

 ──これを使えば、ギラヒム様の幼少期の姿が見られるのでは? ……と。

 思いついた時、私は既に計画を実行へ移していた。炭鉱で運ばれている巨大な時空石を持ち帰ることはさすがに無理だ。故に加工のために削られたものや割れた破片がないか、探しに探してついにこのアメ玉サイズの石を見つけた。
 正直、この大きさでどれだけの効果を発揮出来るのかは未知数だ。加え、ギラヒム様の本来の姿は精霊であるため幼少期なんてもしかしたら存在しないのかもしれない。

 け、れ、ど!
 世の中は不思議に満ちていて、もしかしたらが起こりうる可能性は充分にある。バレればお仕置きは免れないだろう。それでもやってみる価値は十二分にある。

「……っくし」

 そう一人意気込む私に、昼過ぎだというのに砂漠の冷たい風が吹き抜け体が震えた。……しかしこの寒さすらも計画の後押しとなる。
 寒い日は主人が私を湯たんぽがわりにするため夜にベッドへ連行することがほぼ確実なのだ。つまり彼が眠りに落ちたその時が理想のタイミング。
 再び「ふっふっふ」と含み笑いをする私は傍から見れば変質者そのものだったけれど、浮かれた頭にそんな些細なことは入ってこなかった。


 * * *


 頭は浮かれていたけれど、さすがに砂漠からの帰路は疲れた体に堪えた。帰還後シャワーを浴びた頃には待ち望んだ夜が早くも訪れてしまっていた。

「リシャナ」

 ラネール探索の報告をし、束の間のくつろぎタイムも終わって主人も私もそろそろオネムの時間。
 ギラヒム様が私の名前を一度呼び、私は部屋に向かう彼の後ろ姿について行く。同じ寝床に入ることを躊躇していた頃が最早懐かしいと感じるほど、ベッドの中に二人が収まるのは自然な流れだった。

 懐に忍ばせた時空石がぽろりと出てきてしまわないよう体勢に気をつけながら、彼の腕に抱かれる。あとは自身が眠ってしまわないよう、睡魔に耐える時間を過ごすのみだった。


「……!」

 体が疲労感に満たされていたため半分眠ってしまってはハッとする瞬間を何度も繰り返した。が、数度目の渾身の覚醒の時、ゆったりとした寝息がすぐ横から聞こえようやく彼が深い眠りに落ちたと理解する。

 私は主人が起きてしまわないよう、最低限の動きで目を擦りいよいよその時が来たと気合を入れ直した。

 懐から小さな石を出す。暗闇の中でも透き通っていることがわかる深い青をたたえた石。普段は衝撃を与えると反応する仕組みだが、今物音をたてるわけにはいかないので私の中の微々たる魔力を石に注ぐことにする。


 時は来た。
 ──さあ、時空石さん。
 今こそ、幼きギラヒム様を!!!


「……なるほど」
「へ」

 手の中の時空石に魔力を注入しようとしたその瞬間、心臓が凍りつく低い声が静かな部屋に響き、同時に時空石を持つ私の手がガシリと拘束される。

 ……あ、終わった。
 思ったのは、それだけだった。

 気づいた時には眠っていたはずの主人が私に馬乗りになり四肢は当然捕縛され、お役目を果たせなかった時空石さんは彼の手の中にあった。
 私は時空石に負けないくらい青ざめた顔を主人に向ける。恐ろしいほどにすっきりとした顔でギラヒム様はお目覚めになっていた。

「お、おはよう、ございます……マスター……」
「ちょうどお前と同時に目が覚めるとは奇遇だ。良い夢は見られたか?」
「お、おかげしゃまで……」

 動揺で噛んでしまい、訂正が出来ないほどの寒気が全身を支配する。彼はそのままの体勢で手の中にある時空石を眺める。

「珍しい物を手土産にしたものだね」
「き、きれいですよねーすごくとても非常に」
「ああ、それに」

 ギラヒム様の視線が私に突き刺さる。それだけで寿命が縮んだと、私は確信した。場合によっては……いや高確率で、今から続く言動によりもっと縮む。

「……とても楽しそうだ」

 小さな時空石にギラヒム様の大きな魔力が急激に注ぎ込まれ、青い光が部屋を支配した。その予想を超えた眩しさに咄嗟に顔を背ける。
 あれだけ小さな時空石に主人のとてつもない魔力が注がれたら耐えかねて石が壊れてしまうのではと思ったけれど、健気な時空石さんはヒビも入らず光を放ち続ける。

 ……そして、

「…………え」

 眩い光が幾分か落ち着き、視界に目が慣れてくる。
 が、私は思わず声を漏らした。さっきまで主人の顔が真正面にあったはずなのに、今目の前あるのは彼の逞しい胸板だった。……例によって冬なのに上半身が裸なのは最早気にならなかった。

 おそらく同じ状況にあった誰もがそうするよう自身の頬をぺたぺたと手で触れ確認し、先ほどまで拘束されていた腕が自由になっていることに気づく。
 拘束が解けたのではない。抜け出したのだ。
 
 ──私の体が縮んでいるから。

「ろ……」
「何だ」
「ろりのわたしとかだれが“とく”するんですか!!!」

 場違いな第一声は自身が思った以上に高い声で、呂律もうまく回っていなかった。
 まさか、幼児化マスターを拝むつもりが自分が食らってしまうなんて。

 冷静に我が身を観察すると身長は主人の半分よりもやや低いくらいになっている。時空石の影響を受け、律儀に服までも子ども用のものに変わっていた。おそらく、ざっと十年ちょっとは遡っている。唯一の救いは思考回路だけは普段と変わっていないことだ。

「へぇ……おもしろいじゃないか」

 動揺する私を一頻り観察したギラヒム様は心の底から楽しそうな笑みを浮かべる。そのまま両脇をつかまれ軽々と持ち上がった私の体は上体を起こした彼の膝にちょこんと乗せられ、遠慮なく凝視される。

「あ、あんまりみないでいただけたらうれしいんですけど……」
「却下」

 私のささやかな抵抗は一言でばっさりと切られ、服の裾をつかんでぺろんとめくられる。文字通り中まで観察される勢いだ。当然私の力も幼児そのものになっているため抵抗なんて普段以上に不可能だった。

「……さすがに女児への性的嗜好は考えたことはなかったが」

 一通り眺めを楽しんだ主人が口を開く。
 露わになった上半身……特に胸のあたりがやけにスースーすると思ったら、幼児化した私の服の下から下着が消えていたことに気づいた。時空石さん、そこまで忠実に再現しちゃったの……?
 たまたま採掘された石すら無慈悲だという現実に半泣きになる私へ、優しげな笑顔を見せた主人はこう告げた。


「ワタシの部下のお前なら、幼児でも素直に遊ばれてくれるよねぇ……リシャナ?」

 ──わたしが幼児化してもとどまらぬ、むしろひーとあっぷしてるマスターの“せいよく”が、こわすぎた。

「ますたー、こどもにはやさしくするものですよ!! がらすざいくをあつかうように!!」
「生憎ガラス細工を扱ったことは無いのでね。力加減を間違えるかもしれない」
「こどもにも“りふじん”なへりくつ……!!」

 主人がたてた膝の頂上に座らされ意図的にぐりぐりと押される。どこを、とは言わないけれど。でも彼がこれからしようとしてることは嫌でもわかる。わかりたくないけどわかってしまう。

「ま、ますたー、このからだでいつものやったら、」
「壊れるかもねぇ、お前が」

 かもねぇじゃないわへんたいマスター今だけは散ってください。
 とも言えず、いたいけな幼児そのものの救済を求める視線を送るが彼の嗜虐心は逆に煽られたらしい。

「なに、ワタシの魔力が時空石に満ちている間の辛抱だ。あとには残らないだろう」
「ぎゃくになにをのこすつもりなんですか……!?」

 ギラヒム様はその質問には答えず、いつもより狭くなった私の首元に唇を這わせた。こども特有の甘い匂いでもするのだろうか、見えなくても口元を愉快そうに歪めていることがわかる。

「ますたー、じゃあ」

 最早何もかも諦めて、されるがまま口を開く。一旦離れた主人に、いつもよりやや下からその顔を覗き込んで続けた。

「いっこだけこどものわるぐち、ききながしてください」
「……いいだろう」

 ぺろりと舌舐めずりをしながら主人が答える。

 そして私は小さい肺にたっぷりと息を吸って普段より高いトーンで、

「この……ろりこんますたーめ!!!」

 というわたしのさけびもむなしく、マスターはちいさなからだをあますところなくあそびつくしたのでした。