短編


 私も一応バカじゃないので自身の行為が業の深い愚かしいものだなんてわかっていたのです。結果さえも見え切っていたその上での行動。しかしそれを理解した上で相応の成果を今私は得られているのです。
 その成果を満喫する背後から、冷ややかな視線が突き刺されていても、です。

「……せめてものの情けで聞いてあげようか、リシャナ」
「なんで、ございましょうか?」
「──野外レイプ一回と一ヶ月首輪生活、どっちがいい?」

 訂正します。
 ……私はバカでした。

 自らの欲に負け、あろうことかギラヒム様へのおねだりも無しに本能のまま動いた対価がこれだ。
 ……と言ってもあんまりにも寒いこんな日に主人だけ温かそうなマントを羽織っていて、加えて主人の温もりも欲しくなってしまったが故にその中に潜り込んでしまった……というだけの話なのだけれど。

 そして彼から与えられた二択は対価なんて仰々しいものでなく、ただの主人の性癖に振り回されているだけだ。口が裂けても言えないというか言ったら文字通り口が裂けるけど。

 主人による究極の選択は予想をちょっぴり超えていたとして、成果としてのマントの中の温もりは予想通りだった。しかもどことなく良い匂いのおまけつき。一ヶ月首輪生活くらいなら良いんじゃないかという錯覚にすら落ちてしまう。

「……お仕置きの選択を迫られているのに、随分幸せそうな顔をするものだね」
「ち、違いますよ! これはあったかくて幸せだなーって顔なだけでお仕置きを求めてる訳じゃ断固としてないです!」
「……ふぅん」

 おそらくこのまま主人の機嫌を損ねれば行く末は首輪じゃなくて青姦の方が待っている。
 それはさすがの私でもハードルが高いため、しぶしぶながらもマントの中から脱出した。ものすごーく、名残惜しかったけれど。

 途端、大地を吹き抜ける冷たい風に私は身震いする。もし魔王様が復活して地上を統べることとなれば、まずはこの風をなんとかしていただくよう頼んでみるのもいいかもしれない。なんかこう、指揮棒みたいなものを振って風を操ったりして……。

「ってどっかで聞いたことあるような……んぇっ!?」
「五月蝿いよ」

 自分でもよくわからない思考にうつつをぬかす私の頭上から降ってくるギラヒム様の声。
 ……と、振り向く前に地面からいきなり足が離され、ごく近くにその綺麗なお顔が。
 唐突すぎる展開で、いい歳して抱っこされるとかちょっと恥ずかしいんですけどという抗議も出来ない。私自分の歳がいくつなのかよく知らないけど。

「な、なんでしょうか……マスター……」
「なに、ここまで幼気な部下に対してワタシも優しさを持とうと思ってね」

 優しさも何も一分前に犯す宣告されたばかりなのですが。
 目の前の本能的な恐怖を感じさせるお顔は何を考えついたのかそれはもう楽しそうに微笑んでいらっしゃる。

「そこまでお前が温まりたいならワタシが手伝ってあげよう」

 手伝うって。何を。どうやって。
 咄嗟に浮かんだ疑問符は口に出さずともそのまま顔に出ていたのだと思う。具体的に言うとポカンと間抜けに口を開いた状態だ。
 ──だから、彼が私を“温める”ものもすんなり受け入れてしまった。

「んむぅ!?」

 主人が私を抱きかかえ直したその瞬間、私の口内に何か細くて長いものが侵入してくる。それは意志を持って私の舌をクニクニと弄びながら絡ませ、そして触れたその部分が熱くヒリヒリと騒めき出す。

 ……熱? 痛み? それとも何かの味?
 私が理解できたのは彼の人差し指と中指が口に無造作に突っ込まれて遊ばれているということと、その指に何かが塗られていたということ。

「ます、た……ぐ、……なに、うぇ……」
「少しの我慢だよ。すぐ熱くなる。……安心するといい、ただの果汁だから」

 果汁……? そう聞いて私の頭に過ったのは、腰のポーチに入れていた寒冷地用のポカポカ草の実だ。冬山で食べれば体の中から温かくしてくれるという、旅人御用達の木の実。
 さっき抱き上げられた時に抜き取られ、潰されたそれが口に突っ込まれているという訳だ。たしかに口内は奇妙な生温かさを感じるけど、正直それどころじゃない。

「しかし何故だろうねぇ……ワタシはお前に温かくなる以外何の効果もない果汁をあげているだけなのだけれど」
「んむ……ふぅ……」
「──今すぐこの場で犯してやりたくなる顔をしてしまうなんてね……まだまだ部下の躾が足りないな、ワタシも」

 彼の指は私の口内に溜まる唾液をかき混ぜ、私の舌を愛撫するように弄ぶ。
 何度か私がえずいた後、引き抜かれたその指には粘っこい糸が光り、ぷつりと途切れた。私の口の端からこぼれた涎は主人が愛おしげに舐めとりそのまま唇を軽く吸われる。

「……どうだった?」
「……おかげさまで……あったかいというか熱いというか……焼けそうです……」

 口の中は木の実汁を直接塗り込まれたためヒリヒリと麻痺している。が、それ以上に彼に弄ばれた口内の違和感とふわふわした頭の方が重症だった。
 しかしそんなやられかけた頭でも、あることに気づきさらにその先まで予想が立ってしまう。

 ……抱き上げられている私のちょうど足先に、何かが当たってる。かたいなーあついなー、なんだろこれ。
 ……まあ、そうでしょう。こういうことしたら、スイッチが入るのはいつもあなたが先ですものね。

 けど、今、外なんですけど……。

「リシャナ、もう一度だけ聞こうか」
「なんで、ございましょうか?」
「──野外レイプ一回と一ヶ月首輪生活、どっちがいい?」

 いやだから、私は首輪の方がまだ良いです……。

 温もりを求めた絶対領域への侵入は、やはり相応の対価が必要な業の深い行為だったらしい。