※十年後
(ヒロトと緑川)
見てください、緑川さん!と左手をつき出す秘書課の後輩に緑川は一瞬きょとんとするもすぐに微笑みを浮かべる。
「綺麗な指輪だね」
「でしょう?この指輪なんですけど、彼にプレゼントされたんです!だから嬉しくてここにはめちゃいました!」
そう言って、きゃっきゃと騒ぐ彼女の姿にそっと微笑むも緑川には彼女が嬉しがる理由がわからない。
所詮はたかだか指輪なのだ。
高かれ安かれ、自分で買おうが他人が買ってくれようが指輪そのものの存在価値は緑川の中ではたかだか指輪のまま。
それから変わることはない。
きっと、彼女は彼氏から指輪を貰ったことで永遠の愛を誓われたとでも思っているのだろう。
しかし、そうではないことを緑川は知っている。
彼女の愛する彼はあろうことか彼女の親友と関係を持っており、彼女の先輩とそれから後輩とも関係を持っているのだ。
挙げ句、男である緑川にさえも手を出したのだから笑えない。
勿論、緑川はあっさりとお断りをした。
のだが、今でも時々、お誘いを受けている。
そのせいでか、男が指輪で誓う永遠の愛は嘘くさくてならない。
指輪のみに限らず、もの、それも高価であればある程、嘘くさい。
緑川からすればそんなものにかけるお金があるなら自分の為に時間を使って欲しいと思う程だ。
しかし、緑川が望むような男はなかなかといないもので、恋人を持つ秘書課の後輩たちは皆、こぞって高価な贈り物を恋人に貰ってはこれ見よがしに見せ付けるのだ。
愛されていると勘違いをしながら。
「緑川」
そう、そうなのだ。
緑川の望むような男など存在しない。
存在し得ないのだ。
「ごめん。待ったか?思ったより対談が長引いちゃって。ごめんな」
ただ、一人、緑川の恋人、吉良 ヒロトを除いて。
「いいんですよ、社長。…うぅん、ヒロト」
そう言って緑川は微笑み、いつものようにヒロトの空っぽの手をそっと握った。
( 有り余るお金じゃなくて、数少ない時間をくれる。それをしてくれるだけで充分なんだよ )