2019/06/04 22:05
ある初夏の日の思い出

ある初夏の日の思い出

190608

六月、竜崎と妹と三人で海へ行った

「海ですか……ええ、行きましょう」

海と竜崎に接点などないだろうと決めつけていた僕が粧裕にせがまれて誘いの電話を入れると、受話器の向こうの相手は思いのほか穏やかな声で返事した

珍しく乗り気の竜崎が車のハンドルを握り、僕はその隣に座った

粧裕は後部座席にサンドイッチを詰めたバスケットを携えて乗り込み、運転する竜崎を嬉しそうに見ていた

「被写体がお兄ちゃんだけじゃイマイチだなって思ってたの。来てくれてありがとう、竜崎さん」
「お前、最近僕に対する扱いが雑じゃないか?粧裕」
「そんなことないよー!」
「被写体?」

何も知らない竜崎は瞬きを速めた

「あっ、ううん。何でもないの」

粧裕は竜崎の疑問符に少し焦って、頬を赤くした

目的地に着くと、雨上がりの空の下に伸びる人気のない静かな浜辺を僕らは歩いた

歩きながら竜崎は、ヨーロッパのどこかの海辺にある保養地で過ごした幼少期の夏の記憶を少ない言葉で話した

海が、幼い頃の日々と竜崎とを結びつける架け橋であることを知った

「2人ともー、こっち向いて」

言われて同時に振り返ると、いつの間にか粧裕の手の中に収まっている一眼レフカメラを視認して竜崎は目を丸めた

「粧裕さん、私写真はちょっと…あ、被写体とはこのことですか」
「最近カメラに凝り始めて大学でも同好会に入ったらしい。それで、この季節の海を背景に僕らの写真を撮りたいんだと。言い出したらしつこくてね」

妹の希望だという旨を強調して説明すると、竜崎は切なくなるほど、困ったようなまん丸な目をした

「月君…」
「事情を伏せていた叱りは後で受けるよ。妹は個人的に撮りたいだけだ。写真をどうこうはしないよ。頼む、断るな。な?」
「ねぇ。二人とも、もう少し寄ってー」

夏の向日葵のように明るい粧裕の笑顔に押されがちな竜崎との距離を、湿った砂を踏んでつめる

戸惑った相手がいつものようにうつむいた

「二人とも何でそんなによそよそしいのよー」
「そもそもさほど親しい仲では…」
「え?ひどいな。今更それは傷付くよ」
「何?聞こえなーい。もっと寄って!男同士、肩でも抱き合った方が絵になるわよ」

僕は半ば呆れながらも、意中の相手との隔たりを取り払ってくれる自覚のない妹に感謝した

"触れるよ"

僕は目が合った竜崎に眼差しで伝えた

仰ぎ見た竜崎の深い瞳に降り注いだ陽光が射し込んでキラキラと輝き、受け入れてくれそうな気がした

「親友なーんーだーかーらぁ、もっと嬉しそうに出来ないの!?竜崎さん、顔ひきつってるー!」

鈍足進行の状況に怒り始めた妹に一喝されると、可笑しくなったのか竜崎が目を細め、声を出して笑った

その上品な笑いは、海の向こうから吹いてくる風にすぐに流されて消えた

僕は何だか嬉しくなった

「あいつ、まったく。段々と素の性格が出てきたな」
「敵いませんね…彼女には。手早く済ませましょう」

その静かな低い囁きが耳に届いた瞬間、竜崎の細い指が僕の肩を抱いた

一瞬驚いたが、僕はその行いに優しく微笑み、慕情を託した右手で竜崎の肩を抱き寄せた










僕は、海へ行くことを約束する前に粧裕に条件を提示していた

「そんなに竜崎を誘えというなら誘うさ。その代わり、写真が撮れたら現像して僕にも一枚くれ。それが条件だ」
「え、それでいいの?もちろんよ!」







そうして閉じ込めることに成功した、初夏の日の断片

僕が竜崎と居た証

竜崎が僕と居た証

手に入れたその宝の在り処は、永遠に僕だけの秘密だ






「初夏の海の思い出」
月とL

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