「嘲笑」−2P
その日、俺は心にはびこる憂(ウ)さを晴らすように夜遅くまで眠らない街を徘徊していた
傍らには道中引っかけた、よく喋る赤毛の若い女
「フフ…。私たち髪の色が同じね。私はスコットランド出身なの。訛りでわかるでしょ?カークウィルよ。あなたは?」
「さぁな。俺は自分の出生については無知なんだ」
「あら、どうして?」
「孤児なんだ。物心ついた時には孤児院暮らしだったし、親のことは何も聞かされなかった。別に興味もないけど」
「そうなの……可哀想なマット」
呟いた後、鮮やかな紅を敷いた唇を意味あり気に吊り上げる
「それで…これからどうする?」
女は親密になりたいと、大きな緑の瞳を誘惑に光らせて俺の腕に縋(スガ)るようにしてみせた
「そうだな…」
生まれ持った才能か、昔から女の機嫌をとる術には長けていたから、望めばいつでも寄り添う相手には不自由しなかった
「あなたなら、特別に私の家に来てもいいわ」
「へぇ。本気か?出会ってまだ2時間だ。相手をろくに知らずにそんなことを言うと、女を下げるぜ」
俺が平坦な調子で言うと女は少し拗ねたような顔をした
美人で男にチヤホヤされることに慣れているこの手の女には、無関心を装うといい
「クラブであなたに一目惚れしたんだもの。私はワガママな女なの。欲しい物は欲しいと思った瞬間に思い通りにならなきゃイヤなの」
綺麗にネイルコーティングされた指で俺の頬をなぞり含み笑って余裕を見せるが、少々手こずっていることに内心は躍起になっているんだろう
一目惚れ……ね
物にしたその後は、俺に興味がなくなるに決まっている
だが、本命のいる俺にはその方が好都合だ
今夜限りの関係でいい
艶を増す誘(イザナ)い声に吊られて、俺は目の前に差し出された柔らかな女の体を抱いた
「ここは寒いわ……うちへ来て。お酒も揃ってるから、二人で飲み直しましょ?」
甘い色気に負かされた俺に異存がないことを見届けると、女は自らが乗りつけてきた見るからに値が張りそうなガルウィング型の赤いディアブロのボンネットを二度軽く叩き、いたずらに笑んだ
「運転して?」
数十万ドルはする車だ
若い女が乗る車でもないと思うが、どうやら相当な家柄らしい
「……。了解、お姫様」
指示と同時に宙に投げられた車の鍵をキャッチして、俺は軽く返事した
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