「嘲笑」−4P

「二度と薬には手を出さないと約束したのに」
「お…まえ が…悪 い」

独り言にも似た俺の言葉にメロが返してきた
その声が一変して低く強さを帯びる

「ヤッ…てたろ 何、処かのオ、ン…ナと」
「……」

額に不自然な程の汗を浮かべ、光を失った目で薄笑う姿に言葉を無くす

「バカ…だ 浮 気モ、ノ……本…当は僕 とヤりたいく せに 死、んじ ま…え」

「……。おい…メロ」

"僕(ボク)"とだって?
俺は表情を難しくした

今のメロには現在、過去、未来の隔たりが無いらしい

それから何がおかしいのか一人笑い出したメロを抱き上げ、俺は人形のようにだらりと手足を放り出したその体をベッドへと沈めた

「……怒ってるのか。俺が女といたことを」

薬に侵されて理由もなくけたけたと笑い続けていたメロの顔が、俺の言葉で笑みを失う

「………あァ?…自惚(ウヌボ)れてるんじゃねーよ!!」

いきなり罵倒し、飛び起きて見境を無くした狂犬のように掴みかかる

「おいやめろ、メロッ」
「何処のだッ!!僕を放っておまえは何処の女とヤってた!!」
「メロ!やめろ!」
「見境のない犬みたいな真似しやがって!!誰でもいいんじゃないか、えぇ!?」

気が触れたメロは俺を床に叩き付け、馬乗りになって声量奮って大声で喚(ワメ)き、振り乱した長いブロンドの隙間から野獣の様に鋭い眼光で威嚇した

「馬鹿にするなよ!!僕を誰だと思っている!!おまえなんか死んじまえッ!!」

「悪かったよ、俺が悪かった。だから落ち着け」

俺は完全に逆上し、力任せに拳を打ち付けてくるメロを言葉で必死に宥(ナダ)め、それが効かないと知るや、暴れる両腕を力ずくで捩(ネジ)上げ、その体を無理矢理に抱いて自由を奪った

「落ち着け、頼む。大人しくしてくれ」

「イヤだ!女の匂いがする、僕を殺す気だ!放せ、放せッ!!」
「メロ、大丈夫だ。お前を愛してるよ」
「放せったら!アァ、殺されるよ、誰か助けて!!」

強い拒絶にも屈さず、俺は腕の中でもがくメロが体力を使い果たすのをじっと待った

細身のその体を目いっぱい捩(ヨジ)る度、情緒を乱して泣き出しそうになり悲痛な唸り声を上げる

抱くと断末魔のように痛い痛いと繰り返し、メロは恐怖に震え上がった

鳩尾(ミゾオチ)をうねらせて発する荒れた呼吸音が救いを求める不安定なメロの心を滲ませた

俺には何故メロがこんな風に叱責するのかわからなかった

今までにこんな顕著な態度を見せたことはない

俺が、自分の把握しない何処か余所(ヨソ)で知らない女と過ごしてもまるで無関心だった

個人的事情には関わりたがらなかったのに、お前の本心に構いなく薬が単にそうさせるのか

今見せたそれは嫉妬じゃないのか
メロ、一体どうしたいんだ

お前の心の底にはアイツがいる
受け入れられずに離れることも許さずに

俺を一生我侭(ワガママ)な鎖で繋ごうというのか

まただ

一瞬、真っ暗闇の中にニアの姿が浮かんで、俺は全てが馬鹿馬鹿しくなり、メロをこの場に置き去りにして姿をくらませようかと考えた

メロを愛するほど、どうにもならない状況と自分の無力さを思い知らされるのだ

ニアは間が悪くも、俺がメロを抱いている最中(サナカ)にかけてきた電話越しにその情事を察して、静かに、そして冷淡に唇を歪めた

「……いいんですよ、マット。私がいない間、メロを宥(ナダ)めてやってください」
「ふざけやがって!!ニアの奴!!」

見下すような笑いを含んだ無機質な言葉に俺は逆上し、携帯電話を壁に向かって投げつけた

三日前のことだった


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