※夢主はデフォ名です





 あれは、いつだったか。

 記憶を探って、めぐが中ニの頃。俺が白鳥沢に入ろうと猛勉強してた中三の頃だと思い出す。

 図書室で一通りの勉強を終えて家に帰ると、顔色を悪くしためぐが俺のベッドに寝そべって本を読んでいた。よほど調子が悪いのか、いつもの何冊も本を並べて同時に併読するスタイルではなく今は一冊だけを読んでいる。

 寝転んで読んでいるから表紙は見えねえ。とりあえず分厚い本だった。

 何の本だと気になって覗き込めば、ページの上部に書かれている項目名が見えた。

『生理痛』

 こいつの顔色が悪い理由がわかった。

 女は大変だな。

「薬は?」
「……後で飲む」
「今は?」
「あんまり酷い痛みだと子宮内膜症疑った方が良いから、どの程度つらいか確かめてる」
「一番キツくなってから飲むんじゃ遅え、飲め」
「む、正論だね」

 めぐが大人しく薬を飲む間に俺は鞄を壁際に置いて、めぐのいるベッドに腰掛ける。

「性交渉でマシになるって聞いたことあるぞ」
「子宮の筋肉を解すってこと? 生理周期前のタイミングをちゃんと捉えれば効果がなくもなさそうだけど、どうなんだろうね。当然個人差はあるし、知識との乖離はどうしても埋められないからわからないよ」
「経験すればわかるだろ。俺が相手になってやろうか」

 めぐは表情を変えることなく、ただ顔を上げた。眼差しも、いつも俺を見るものと変わらない。

 そして、

「――あがっ!?」

 唐突に顎下からすげえ衝撃が来た。脳が揺れて、気が遠くなりかける。

 本だ。今まで読んでた分厚い本。ハードカバー。あれで下から上へ顎を殴られた。




「痛えな……つーか危ねえ……首も痛え……」

 めぐは俺を好きじゃない。それはわかってる。でも、嫌っているわけでもない。嫌いなら俺の部屋で寝そべったりしないだろ。

 だから『そういった相手』にくらいなれるかもしれないと思ったのに。

 本気で痛む顎を冷やすために台所に入る。冷凍庫にあった保冷剤を漁りつつ、思い出したことがあった。

「確かこの辺りに……」

 記憶の通り、目当てのものはそこにあった。
『それ』を電子レンジで数分温めて、部屋へ戻る。
 さっきまで読んでいた本を閉じて仰向けで寝ていためぐが俺に顔を向ける。

「賢二郎、何それ」
「カイロ」
「……お米の匂いがするけど」
「玄米が入ってるんだと」

 電子レンジで数分温めたばかりの布袋――玄米カイロを渡す。サイズはスポーツタオルを半分に折ったくらいの細長いヤツ。普段は母親が使ってる分だが、こいつも身内だし貸してやっても良いだろ。

 めぐに渡せば、戸惑うように玄米カイロを握る。

「あったかい……」
「腹に巻いて寝ろ」

 言われた通りにするめぐは何度か瞬きして、

「あー…………何これ……すごく……いい……なるほど、温められた玄米が蒸気で……」

 それからそっと目を閉じた。微睡に沈む気配がする。

「――ありがと、賢二郎」

 安らぐように深く呼吸したかと思うと、そのまま何も言わなくなった。

「めぐ?」

 声をかけて、返ってきたのは静かな寝息だった。




 ニ年前のことを思い出しながら、俺はめぐと向き合う。

「これ、やる」
「何これ」
「カイロ」

 めぐの家を出るタイミングで包みを投げて渡せば、受け取っためぐが怪訝な顔になる。

「……布の中に……お米、入ってるみたいだけど」
「寒い時や腹が痛い時には電子レンジで温めて使え。温めすぎたら火事になるからな。気をつけろよ」

 玄米を使用する以上、使おうが使うまいが劣化するから年に一度くらい新しくした方が良いらしい。

 あれ以来、毎年母親が作っているうちの一つをこいつに渡す。それが俺の役目。――そんな過去の積み重ね、今のめぐは覚えてねえだろうけど。

「じゃあな」
「賢二郎」

 止まった背中に声が落ち着いた声が飛んでくる。

「ありがと」
「…………おう」

 もう一度、足を前へ踏み出す。冷たく吹き付ける風の中を白鳥沢の寮に向かって進む。

 めぐ。

 本当は、お前の全部、俺のものにしたいんだ。

 でも、それは絶対に無理だから。

 だから、せめて。

 お前の一番近くにいるのが俺でありますように。

 これが俺の願いだ。
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