Novel
もう邪魔はさせない

「ものすごいことになったわね」
「うん、本当に」

 3つの兵団を束ねる大トップであるザックレー総統からの指令らしい。

 そこにはこんなことが書かれていた。

『全兵団兵士に告ぐ――当面の兵士間における接吻禁止を命ず』

 掲示板から離れながら私はペトラと話す。

「こんなことって今まであった? 一体何がどうしたんだろ」
「噂によると、総統の部屋でいちゃつく憲兵団のカップルを部屋に戻った総統が見ちゃったらしいわよ」
「本当? うーん、それはその人達が悪いかな。よくもそんな場所で恐れ多いことを……」
「周りが見えなくなるものらしいわよ、ああいうのって。でもそれで全兵団兵士にそんな命令が下されるなんて、派手なことになったわね」

 その言葉に、私は隣を歩く彼女の顔を仰ぐ。

「ぺトラは彼氏、いたっけ」
「いないわよ。リーベは?」
「いない」
「まあ、独り身には関係のない話ではあるわね」

 確かに関係ないか、と思っていたのだけれど。

「なあ」
「はい、何ですか兵長」

 兵長の部屋の掃除を彼に任されながら、私は応えた。
 どうやら書類仕事が終わったらしい。お茶を頼まれるのかな、と思えば違った。
 力強い手で腰を抱かれて、顎をそっと持ち上げられる。いつの間にか、とても近い距離に兵長はいた。

「リーベ」

 囁くように名前を呼ばれて、兵長が何を望んでいるのかすぐにわかった。
 私は兵長の告白に対して何の返事も出来ていないのに、キスを交わす関係になりつつある。いつもではないけれど、何でもない、二人きりの時間になると割とそうだった。
 嫌ではないので、私も拒むことはしない。だからそのまま身を委ねてしまいそうになって――近づいてきた顔を避けた。

「おい」

 兵長がむっとした顔になるけれど、私は悪くない。

「だめですよ、禁止されているんですから」
「……誰にだ」
「知らないんですか、ザックレー総統から発布された禁止令」
「……知らねえ」
「掲示板に貼ってます。兵士間でしばらくキス禁止って」

 すると兵長は訝しげな顔をして部屋を出た。そしてすぐに戻って来た。どうやら掲示板を見てきたらしい。

「…………」

 どさりといくらか荒々しくソファへ腰を下ろした兵長の表情は変わらない。しかしとても不機嫌そうだと雰囲気でわかった。
 どうしようもないので、私は窓拭きを再開することにした。




 一週間後。

「何これ……」

 たまたま通りがかった食堂。そこで繰り広げられている光景に、私はしばらく言葉を失ってしまった。
 大きく掲げられた横断幕には以下のような文字が躍っていた。

『キス禁止令撤回署名運動』

 立ち尽くしていると、その運動の中心で鉢巻を締めたオルオさんがいた。そんな彼にペトラが冷たいまなざしを向けているのが見える。

「オルオ、何やってんの」
「ぺトラか、丁度いいからお前も署名しろ」
「あんた恋人なんていないじゃない」
「馬鹿やろう! これはロマンの問題だ! 総統とはいえこんなことが許されてたまるか! 百万の言葉で伝わらねえものがキス一つで伝わることがあるんだよ!」

 そんな風に力説してからオルオさんは胸を張る。

「兵長だって署名したんだぞ!」
「いや、そんな嘘つかなくても……って本当だ」

 驚いて私もペトラと一緒になって紙を覗き込めば、確かにその通りだった。

 兵長の名前が、ある。

「リヴァイ兵長も俺と同じ想いを持っているってことだな」
「いや、そのすぐ上にエルヴィン団長の名前があるから。団長が協力しないわけないじゃない。兵長は一緒にいたついでに書いてくれたんでしょ」

 ペトラの言葉になるほどと思っていると、私はミケ分隊長に呼ばれたので食堂を離れた。




 さらにまた、一週間後。
 晴れやかな空の下。物干し場で乾いた洗濯物を取り込んでいると、頭上に影が過ぎった。

「ん? ――わっ」

 顔を上げれば驚くことに人が降ってきて、思わず悲鳴を上げた。

「リーベ」

 兵長だった。立体機動を身に帯びている。どうやら自らの意志でここまでやって来たらしい。
 一体何事かと思えば、強く肩をつかまれた。
 そして近づいてきた顔を――私は慌てて押さえる。

「な、何ですか」
「何でもいいだろうが」
「いえ、よくないと思います」

 現在、明らかにキスしようとしている体勢だ。

「思い出してください兵長、き、禁止令がっ」
「あれは解除された」
「え、そうなんですか」

 オルオさんが頑張っていた署名活動を思い出す。あれはどうやら功を奏したらしい。

「知りませんでした。解除されたら皆、騒ぐと思っていたのに」
「これから広まるだろうな。解除されたのは五分前だ」
「ご、五分前?」

 情報が最新すぎる。
 そのことに戸惑っていると、また顔が近づけられた。

「わ、ちょっと」

 つい逃げ腰になって、思わず座り込んだ。

「何だ」
「だ、誰が見てるかわからないし――」

 言い訳するようにそう口にすれば、乾いたばかりのシーツを頭から被せられた。

「せっかく洗ったのに……!」
「俺が明日洗う」

 それよりも、と兵長も私に合わせて膝を折る。
 シーツに包まれた空間に、二人きりだ。とても近い。
 さらに距離は詰められ、兵長の手が私の頬に這わされた。
 もう目を閉じて待つしかなくて――私はそっと目蓋を下ろす。

 ああ、この感覚は久しぶりだ。
 けれど、そんな穏やかで甘やかな感覚はあっという間に押し流される。

 唇と唇が触れたかと思うと、

「っ……!」

 深い口づけに、蹂躙されるような舌の動きに、面食らう。
 驚いて目を開ければ兵長と視線が絡まって、慌ててぎゅっと目を閉じた。

「ん、んーっ!」

 身をよじってもキスは止まらなくて、私はどうすればいいのかわからないまま受け入れるしかなくて。

 何、これ。食べられているみたい。
 捕食?

「や、だめ……」

 これ以上ないくらいに触れ合い、絡む舌に耐えきれず顔を背けるようにして唇を離した。
 それでも兵長との身体は密着したままで、近すぎる顔の距離は変わらない。
 肩を押してどうにか離れようとするけれど、もちろんそれは許されるはずがなくて、また顔を固定される。

 物干し場に座り込んで頭からシーツを被っているこの状況にもわけがわからなくなって、私は慌てて説明を求めた。

「何で、こんなに、するんですか……?」
「解除されたからだろうが」
「え、それじゃあ……わざわざ、キスするために、ここへ……?」

 信じられない。立体機動装置を使って、私を探したというのだろうか。
 その装備は対巨人戦用のものですよ、と言いかけてペトラの言葉を思い出す。

『周りが見えなくなるものらしいわよ、ああいうのって』

 その隙に、また唇が塞がれる。
 これ以上ないくらいに、深く。

 私の荒い呼吸ごと食べられるような動きと同時に、オルオさんの言葉もよみがえった。

『百万の言葉で伝わらねえものがキス一つで伝わることがあるんだよ!』

 どうしよう。わかってしまう。唇を通して感じることが出来てしまう。

 こんなにも、私は兵長に――。

「あ、の……」

 わずかな息継ぎの時間だけ顔が離され、ほんの少しだけ解放されて、私は力ない声を上げた。

「何だ」

 兵長の声も呼吸も普段通りなのが、少し悔しい。

「や、やさしい方が、いい、です」

 嫌ではないけれど、こんなに濃厚なキスは恥ずかしくて仕方ない。どうすればいいのかもわからなくて戸惑ってしまう。

 兵長は何も言わなかったけれど、次にはそっと、やさしい口づけをしてくれた。

 そのおかげでほんのわずかに、ほんの少しだけ私の中に余裕が出来て、想う。

 いつかちゃんと言葉で伝えるつもりだけれど。
 私の想いも、この唇を通して少しでも伝わりますように。


(2013/11/22)
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