Novel
いざ出陣の時

 朝。今日は壁外調査だ。
 食堂で軽い朝食を済ませてから部屋へ戻って兵服を着ていると、扉をノックする音がした。装備以外の着替えは終わっていたので胸周りのベルトを調整しながら応じれば扉が開く。兵長だった。

「おはようございます、どうされました?」

 訊ねても何も言わず、ただ兵長は片手を伸ばしたかと思うと私の頬に触れて目元から目尻を親指で薄くなぞった。

「隈、出来てるぞ」
「寝ましたよ、一応」
「明け方に微睡んだくらいだろうが」

 あっさり見抜かれた。

 私はベルトを全部装着してからブーツを手に取る。椅子に座って、片方ずつ足を通す。

「でも、眠くありません。体調も悪くありませんし、今日の壁外は半日なので気合いで持ち堪えられます」

 何だっけ。人の身体は時としてそういった成分や物質が分泌されていると医療班から聞いたことがある。だから土壇場になった時には思わぬ力が発揮出来ることもあるとか。

 ほとんどうろ覚えの情報でもとりあえず立ち上がって気合いを入れていると、

「リーベ。お前、入団して何年になる。気を抜けとは言わねえが壁外に出るのは今に始まったことじゃねえだろ」
「確かにそうですけれど、今回はいつもと勝手が違います」

 だって、と私は続ける。

「今日の壁外調査に限った暫定的な班とはいえ、私が班長だなんて」

 そう、今回は私が一つの班を率いて指揮する立場に命じられた。
 任された班の位置は前線ではなく、どちらかと言えば後方寄りだけれど、だからと言って油断は一切出来ない。どこにいようと通常種はもちろん奇行種との遭遇なんて当たり前だし、壁外調査はいつ何がどうなるかわからないから気が抜けない。

 腰布を巻いて、自分でも険しい表情になっていることがわかる。ほぐすために頬を軽く揉んでいると、

「お前を班長に推したのはまずモブリットだ」
「え?」
「ミケやハンジも同意して、エルヴィンが決定を下した」
「そうだったんですか?」

 光栄過ぎて困るくらいだった。嬉しいけれど、期待に応えられるか不安も大きい。

「私、訓練兵団でさえ副班長の経験しかないのに」
「何をするものなんだ、副班長は」
「さあ、何でしょう。今でもわかりません。知らない間に決められていて。とりあえず班長が失神体質だったので私はよく代理をしていました」
「よく失神するヤツが班長だったのか」
「上位に入って憲兵団へ行くために活躍したかったみたいです。結局は兵士に向いていないと自覚したそうで卒業試験に合格してもその後は退団して家の仕事を手伝うことにしたらしくて」
「それなら副班長の時と同じ要領でやればいいだろ」

 簡単に言わないで欲しい。

「同じは難しいですよ。――兵長は、私に班長が務まると思いますか」

 つい、訊ねてしまった。でも、知りたかった。

 兵長は息をついて、

「一昨年の炊事実習は評価が高かったし、最近は新兵向けの立体機動強化訓練の補佐も充分やってる。指揮することに向いてねえことはなさそうだ。――今後を見据えるなら妥当な人選だろうな」
「そういうものですか」

 あまり人事の話はわからないと思いながらジャケットを羽織っていると、

「安心しろ。今回のお前の班は力量が中堅から新兵までバランスもいいが、何よりお前の下に就きたいと志願した連中ばかりだ。何が起きてもお前を恨むことはねえよ」
「そういうわけには行きませんよ。私の判断が間違えば、それは私だけの問題じゃないんですから」

 立体機動装置を腰に装着したけれど、しっくり来ない。うまく金具が嵌まっていないかもしれない。一度外して、再び腰布からやり直していたら兵長が背後へ回って手伝ってくれた。
 一人で装備するのが当たり前だけど、二人の方が効率が良かったり背中側のベルトが捩れていることを指摘してもらえたり助かる。

「間違いを恐れたら何も出来ねえだろ」

 私の腰にある金具の位置を直して、兵長が言った。

「ただ、悔いのないようにやればいい」

 その言葉には重みがあって、でも負担になるものではなくて、私の胸へすとんと落ちた。

 そして装着された立体機動装置にさっきのような違和感はない。それどころか驚くほどしっかりと身体に馴染んだ。

「――ありがとうございます」

 たくさんの気持ちを一言でまとめてしまうのはもどかしかったけれど、その時、集合時間が迫っていることを告げる鐘が鳴った。

 進むべき先を見据えて兵長が足を踏み出す。私も部屋を出た。

「では、行きましょうか」

 壁の外へ!


(2017/04/02)
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