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君とならダブルベッド

「はああああ!? ダブルベッドもう買っちゃったんだけど! 何で今更そんなこと言うのよ!」
「勝手に決めたお前が悪いんだろ! 相手が誰だろうと俺は眠る時間くらい一人でいたいんだ!」

 今度めでたく結婚することになった調査兵カップルが、なぜか食堂の中心で喧嘩していた。

「な、何事?」
「寝室に置くのをダブルベッドにするかツインベッドにするかで喧嘩してるらしいわよ」

 昼食のお盆を手に空いた席へ腰を下ろしながら訊ねれば、前に座るペトラが教えてくれた。
 そうしている間にもますます苛烈になる夫婦予定の二人のやり取りだけれど、誰も仲裁や擁護には入らない。当人同士の問題だと思って私も眺めるだけにした。
 ペトラが少し考える様子を見せてから、

「うーん、私はダブルベッド派かな。温かいらしいし。リーベは?」
「ツインベッド派」

 私はパンを千切りながら即答する。

「同じベッドに人の気配があると眠れなくて」
「えー、それは残念だなあ」

 パンを食べてそう言えば、後ろから聞こえた声と共に抱きつかれた。戸惑いながら首を傾げてしまう。

「どうしてハンジ分隊長が残念がるんですか?」
「だってリーベをぎゅっと抱きしめて寝たらかなり安眠出来そうじゃない?」
「確かに抱き枕効果高そう……!」

 ペトラが目を輝かせる。抱き枕効果って何だろう。
 冷める前に野菜スープへ口を付けていると、ペトラが身を乗り出す。

「ね、女同士でもだめ?」
「……訓練兵時代にベッド破壊して寝床をなくした同期とやったことあるけどこっちは一睡も出来なかった。雑魚寝とか同室なら別に問題ないんだけど」

 するとハンジ分隊長が考えるように唸った。

「友人同士や仲間とはいえ他者との距離感が近すぎると自己防衛テリトリーが破られるみたいで落ち着かないってことかな?」
「私、今こんなに抱き付かれていますけど平気ですよ?」

 それとこれとは違うよと前置きして分隊長が言った。

「『同じベッド』ってことが駄目なんじゃない? 睡眠時のように無防備な状態を無防備な場所で晒すことが無意識のうちに耐えられないと感じているのかもしれないね。誰かがいると、安心出来るはずの場所が他者に侵食されるみたいに思えるとか」




 ただでさえ目立つ食堂での言い争いが派手だったせいか、午後に会う人との話題は寝床問題で持ちきりだった。

 非番だからと昼間から酒瓶を空けたゲルガーさんは、

「俺ならダブルベッドだな」
「その心は?」
「広いからだ!」

 一緒に資料棚の整理をしながらモブリットさんは、

「俺はツインベッドかな。夜遅くまで仕事することが多いから相手の睡眠を邪魔したくないし」

 馬小屋に向かえばシャレットを連れたネス班長は、

「別にどっちでもいいな」

 人それぞれだと思いながら私は兵長の部屋に向かう。ミケ分隊長から書類を回すように頼まれたけれど、扉をノックをしても返事がなかった。

「あれ?」

 おかしい。ペトラから在室は確認済みなのに。

「兵長? リーベです」

 首を傾げながらもう一度確かめれば、

「……入れ」

 不在かと思えば、聞こえた。普段よりも返事が遅いだけだった。

「失礼します……」

 部屋へ足を踏み入れれば、兵長は普段のように椅子に腰かけていた。
 どうしたんだろうとこっそり様子を窺えば、首元を寛げて少し気怠そうだった。どうやら仮眠を取っていたらしい。
 兵長の睡眠スタイルは知っているけれど、ため息が出てしまう。

「だめですよ、椅子に座ったまま眠るなんて。ちゃんとベッドへ横になって身体を休めないと」

 思わず窘めるように言えば、

「昔からこうだ。支障は出てねえから問題ねえだろ」
「これから支障が出るかもしれませんよ」
「……歳だって言いてえのか」
「誰でも今のままじゃいられないということです」

 資料を渡してから一度部屋を出て、紅茶を淹れてからまた戻った。寝起きは喉が乾くはずだからとそうすればお礼を言われて、

「お前は、どっちだ」

 唐突に訊かれた。前置きはなかったけれど今日の話題といえば一つなので、それを答える。

「私はツインベッド派です」
「理由は」
「ダブルベッドは二人用で、その……一緒だと安眠が出来ないので……」

『睡眠時のように無防備な状態を無防備な場所で晒すことが無意識のうちに耐えられないと感じているのかもしれないね。誰かがいると、安心出来るはずの場所が他者に侵食されるみたいに思えるとか』

 ハンジ分隊長の言葉がよみがえる。その通りだと思った。

 私は、怖い。思い出すから。あの夜を。

 黙り込んでしまうと兵長は怪訝そうに、

「お前は安心できねえヤツと一緒になるのか」
「え、あ、その……」

『一緒になる』が『結婚する』ということを指していることがわかって、自分の顔が赤くなるのがわかった。

「ええと、そのつもりは、ありませんけれど」

 そもそも結婚なんて縁遠すぎて、まるで考えられない。

「なら別々のベッドで寝る必要はねえだろ」
「そ、それとこれとは違うと言いますか……」
「何がだ」
「あの、兵長は、ダブルベッドが良いと思うんですか? 椅子じゃなくて?」
「そりゃあ、お前――」

 兵長がカップの中身をポットから注ぎ足した。

「さっきの話だが、俺は椅子で寝ることが多い」
「さっきも言いましたけど、ちゃんと横になって下さい」
「――お前がいたら、そうする」
「え、えええ?」

 困った。どうしよう。

『リーベをぎゅっと抱きしめて寝たらすごく安眠出来そうじゃない?』
『確かに抱き枕効果高そう……!』

 昼に聞いた会話を思い出して、自分に求められていることがわかっても、兵長にしっかり安眠してもらいたくても、二の足を踏んでしまう。
 兵長は紅茶を飲み干して立ち上がると私の腕を掴んだ。

「行くぞ」
「あ、あの……!」

 どこに行くのかと思って寝室に他ならないことに焦ったその時だった。扉が勢いよく開けられた。

「じゃーん! 出来たよ、リーベの柔らかさをばっちり再現した抱き枕!」

 ハンジ分隊長に続いて入ったモブリットさんが叫ぶ。

「分隊長、それアウトです!」
「いかがわしい使い方するヤツじゃないって。問題ないよ?」
「兵長の顔を見てもそれ言えますか!? 問題ありすぎます!」

 モブリットさんの言う通り問題がありすぎたし、何より恥ずかしすぎる。
 私の体型と感触を模した抱き枕は私が引き取って、そそくさと自室へ持って帰った。布と綿を再利用するために裁断しようと鋏を手に取る。

「力作、なんだけど……これを使われるのは複雑だし」

 それでも分解する前に気になって、ぎゅっと抱き枕を抱き締めてみた。思わず目を見開く。

「……悪くない、かも」




 後日、書庫へ向かうと、先日食堂を賑やかせた二人がいた。

「お疲れ様です」

 私が頭を下げれば、

「おう、お疲れ」
「お疲れリーベ」

 仲睦まじい様子に仲直りしたことが見てとれた。そうなると気になることはもちろん、

「どうなりました? 新居の寝室は」

 すると二人は揃って苦笑して、

「あー、会う人ごとに聞かれる」
「そうね、リーベで十六人目よ」

 そりゃあ食堂であんな派手に言い合えばそうなるのも無理ないと思う。
 何となく黙っていたら二人が、

「もうあたしが買っちゃってたからダブルベッドになったわよ」
「俺、最初は絶対眠れないし居心地悪いって思ってたけど――」
「けど?」

 私が続きを促せば、教えてくれた。

「案外悪くないぜ、ダブルベッドも」

 人は変わるものだと当たり前のことを思い出す。良くも悪くも、人は変わる。

 もしかしたら私だって変わるかもしれない。兵長をきちんとベッドで眠らせることが出来る、私に。そう思った。

(2017/02/01)
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