Novel
色褪せない遠い日々へ

 郵便が届いた。個人的な内容の手紙なんて滅多に来ないのに珍しい。
 開封すれば【東方訓練兵団同窓会のお知らせ】と書かれた紙が入っていた。私たちの代だけで開催するらしい。

 食堂で私の隣に座ったペトラが一緒にそれを覗き込む。

「へえ、『一人一品以上の料理を持ち寄る』とか楽しそう! ドレスコードが『動きやすい服』なのは踊ったりとか出来るようにってことね」
「料理を持ち寄るのは会費を浮かすためかな。会場代と飲み物代だけ賄って。動きやすい服は乱闘や決闘、事件事故が起きても全員がそれぞれ対処出来るようにってこと。結果壊れたりしたものは浮いた会費から捻出する感じ」
「何それちょっと待って。しかも『刃物・銃器・立体機動装置を含む武器及び爆発物の持ち込み禁止』とかわざわざ書く必要ある?」
「訓練兵時代は色々あったから……その三年間を踏まえた同窓会ってことだと思う」

 どんな同窓会だよと近くにいたオルオさんが派手に舌を噛んだ。

「でも、久しぶりに所属兵科の違う同期と会えるのって良いわよね。私も同窓会とかあったらいいのに」

 ペトラが羨ましそうな声を上げるので、

「そんなに楽しいもの?」

 訊ねながら私は手紙の詳細に改めて目を通す。趣旨と会場、日程と時間――。

「当然よ! 久しぶりの再会でよみがえる思い出とか、あの頃は言えなかった気持ちとか、芽生える何かとか色々あるかもしれないし!」

 そこでハンカチを血で濡らしているオルオさんが鼻を鳴らした。

「お前、くだらねえ本の読み過ぎだろ」
「何ですって!?」

 荒ぶるペトラとオルオさんを近くにいたエルドさんとグンタさんが抑えるのに任せて、私は返信を手早く書き終えた。

 それを見たペトラが声を上げる。

「あれ? リーベ、欠席するの?」
「だって……」

 私は手紙に書かれた開催日を示した。

「あ」

 ペトラも気づいたらしい。

「次の壁外調査の日だから」




 最近の空き時間は本部一階の通路奥にある倉庫の片付け及び整理と掃除をしていた。知らない間に私以外も同じ目的で動いてくれる人もいる。兵長だ。私たちの時間は合ったり、合わなかったり。順調なペースで終わりそうだと思っていたら今日は会えた。

 天気がいいから窓を開ける。風の通る感覚に嬉しくなりながら書類の束と向き合えば、

「『伝説の東方訓練兵団』」

 ハタキを手にしていた兵長が呟いた。私は資料の中身を確認する手を止める。内容によってはハンジ分隊長やモブリットさんの判断を仰ぐ必要があるからだ。

「どうされました兵長?」
「リーベ。お前の代の東方訓練兵が当時から今もそう呼ばれている理由は何だ」

 突然どうしたのかと思ったら、ハンジ分隊長がさっきの食堂で私とペトラのやり取りをどこかで聞いたらしい。それをモブリットさんへ話したそうで、

『そういえばリーベは「伝説の東方訓練兵団」出身でしたね』

 その単語を兵長が耳にしたとのことだった。

『伝説の東方訓練兵団』――どこの誰が言い出したのか知らないけれど、長かったようであっという間だった三年間の代名詞。

「それは……」

 答える前に考える。

 兵長は訓練兵団へ行っていない。詳しく知らないけれどエルヴィン団長からの誘いで地下街から調査兵団へ来たらしい。だからその辺りを踏まえて説明することにした。

「訓練兵団での訓練内容は、その過酷さから死亡者も脱落者も多いものです。早ければ初日から開拓地や家へ戻る人もいます」
「…………」
「しかし、その環境で私たち169人の東方訓練兵は誰一人として欠けることなく入団から卒業試験まで終えました。――これが『伝説』と呼ばれる所以です」

 私は昔を振り返りながら続ける。

「訓練兵の過ごす毎日を知らない方には『大したことないんじゃないか』と思われそうですけれど、この話を聞いた兵士や教官には『そんなことが有り得るのか』と驚かれるのが常でした」

 一昨年知り合った104期生たちも、実習の間に何人も訓練兵団を去っていた。なかなか成し遂げられることではないだろう。個人でどうこう出来る問題ではないのだ。

「一人欠けるどころか全員死ぬんじゃないかと思うような事態も何度かあったんですけれどね。全員よく生き残ったと思いますよ」

 兵長はハタキから雑巾へ持ち替えて、最近空いた棚を磨き始めた。

「お前ら全員が調査兵団へ来たら、さぞかし戦力になっただろうな」
「それはどうでしょう。自分の適性を見極めて卒業と同時に退団した仲間もいましたし」

 そして当時、私しか調査兵団を選ばなかった。北や南といった他の訓練兵団からの志願者がいたとはいえ、東方訓練兵団からも私以外に数人くらいいるだろうと思っていたのに。

 おかげで解散式以来、誰とも会っていない。

 それでも、

「あの三年間は、忘れられない思い出の一つです」

 もう戻れない過去の時間。
 もちろん楽しいことや良いことばかりではなかったけれど――当たり前に過ごしていた日々が過ぎ去って、だからこそ尊く感じるのかもしれない。

「日記をつけていたわけじゃないので毎日のこと全部は覚えてませんが」
「記憶の容量には限度があるからな。すべてを憶えてられねえのは当然だ。誰にでもある。……俺にも」

 兵長がバケツの上で雑巾を絞る。

「お前が忘れていても、忘れていなくても――その時間は確かに存在したんだ」

 思い出せない時間だからといって『なかったこと』にはならない。

「……それでいいんじゃねえか?」
「――はい、そうですね」

 その言葉に私は頷いて、窓から空を仰ぐ。

 みんな、元気かな。

 懐かしい面々を思い出していると、

「行きたくねえのか」

 唐突に訊かれた。同窓会のことだとすぐにわかった。

「……行きたいですけれど、壁外調査を不参加までして行く気にはなりません。これこそ調査兵一番の仕事じゃないですか」

 私が今まで壁外調査へ行かなかったのは負傷が長引いて医療班からの許可が下りなかった数回くらいだ。元気なのに休むと罪悪感でいっぱいになりそうだった。これでは同窓会に出る意味がない。

「今回会えなくても、いつかまた会えますよ。だから、構いません」

 そのためにも生き抜こうと強く思う。私は死なない。少なくとも今はまだ。

 拳をぎゅっと握れば、

「そういや昔、男か女かわからねえ訓練兵団の教官に誘われたことがある。東の管轄だったはずだ」
「ああ、それが誰かわかります。――え、誘うって……!」

 思わず顔が赤くなるのがわかった。

「妙な想像してんじゃねえよ」
「し、してませんっ」
「じゃあ何だその顔は。……ただ見学に来てくれって言われたんだ」

 その頃のことを思い出すように兵長が言った。

「お前がいるなら、行けば良かった」

 どこか悔しそうな口調に気恥ずかしくなる。

 それに、訓練兵時代に兵長と出会うだなんて想像出来ない。だって立場が違いすぎる。階級は当然離れているし、今みたいに同じ調査兵の括りでもないし。

「私は兵長と調査兵団で出会えて良かったと思いますよ」

 すると兵長は――ほんの少し顔つきを変えた。

 何か言いたげなのに、結局やめたような表情。

 それは一瞬のことだったけれど気になって、訊ねようと口を開いた時に窓の外からゲルガーさんの怒号がした。私を呼んでいる。一体何の用だろう。

 行きたくないなあと思っていたら、

「ここはもういい。戻れ」
「あ、じゃあこれだけ運んでおきますね」
「重てえだろうが。俺がやる」
「私だって持てますよ」
「意地を張るな。おい、さっさとゲルガー黙らせて来い」
「は、はい。……失礼します」

 部屋を出て、慌てて外へ向かう。

 同窓会の日付を思い出してから意識を切り替えた。

 もうすぐ壁外調査。

 気を引き締めて頑張ろう。




「この料理まっず! 誰だよ作ったのは!」
「わかってねえな、これをリーベが作り直したら最高なんだよ」
「どんな調理法なの!? つーか一人で旨いもん作って来い!」
「とにかくリーベに作り直してもらおう。訓練兵時代のように放置すればなぜか発火した挙句に僕のベッドだけを灰にしたような事態になるのは困る」
「お前、こいつの料理を根に持ってんなあ。で、リーベどこ? ちっこいから見えねえ」
「幹事へ聞いて頂戴。そういえば憲兵団に行った連中の姿も見えないわね。一人刺したいヤツがいたんだけど」
「調査兵と憲兵は全員欠席? じゃあこれただの駐屯兵団同期会?」
「いやいや、退団したヤツも来てくれたんやし! 九割参加ってなかなかのもんやよ!」
「ええっと、リーベは壁外調査のため欠席でーす。そしてさっきここの窓ガラス割った人は素早く名乗り出なさーい」
「そんなあああああ! リーベに会いたかったあああああ! 三杯目おかわりいいいいい!」
「生きてるみたいでほっとしました……。ところで私はパンが堅すぎるからってそれでガラスを割ったりしてません……」
「リーベ大丈夫かなあ、調査兵団の殉死率って高いし。ちょっとあんたグラス空けるペース速すぎでしょ」
「あいつは死なねえよ。何と言っても――」
「いない人間の話題で盛り上がるのは同窓会の鉄則だよな」
「そういえば聞いた? 今度教官が結婚するって!」
「マジかよ! 相手は男? 女?」
「よし、その時こそ『伝説の東方訓練兵団』169人全員が揃ってみせようぜ!」




 壁外調査翌日。食堂にあったベルク新聞社の朝刊を手に取る。何となく予感があったから。そして記事を探すまでもなく見つけた。一面だ。【王都郊外で謎の爆発!】の見出しに私は目を通す。
 現場は同期が貸切った店舗。そこで原因不明の火災が起きたらしい。幸い周囲へ燃え広がることなく鎮火され、奇跡的に死者どころか怪我人さえも出なかったとのこと。

 一体何が起きたのか、当事者でなければ絶対にわからない内容につい苦笑が漏れる。

「……相変わらず変わらないみたい」

 無理だと思っていたけれど――もしかしたら、今でも過去の時間に戻れるかもしれない。

 とりあえず気になるのが、

「弁償金は会費で賄えたのかな?」

 今度会えた時に訊いてみよう。


(2016/09/25)
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