Novel
とある本の話
いつもと変わらぬ朝食の風景。向かいには制服を着たリヴァイさんがいる。
「結末は四つのうちどれかだ」
「ええ!? まだ完結してないのにわかるんですか?」
「大雑把に分けて、だが。こういった話は大体そうなる」
貸していた本――『翼のサクリファイス』を返してもらうと、リヴァイさんが驚くべきことを言った。
おかげで今日の朝食であるトーストにバターを薄く塗り終えて次はその上へ苺ジャムをたっぷり塗ろうとしていたタイミングだった私はすっかり動きが止まってしまう。
この本はリコさんが酷評していたけれど、私は好きだ。登場人物も全員お気に入りだし、連載初期では考えられない展開やら事実がどんどん明らかになって、今後もどうなるのか気になる。
「あの、ちなみに、大雑把でもどんな結末を予想されているんですか……?」
そう尋ねれば、ふわふわオムレツとベーコンサラダを食べ終えたリヴァイさんが指を一本立てる。いつも勉強を教えてくれる時と同じ仕草だった。
「一つ目――二人とも生き残る」
「ハッピーエンドですね。そこへ至るまでに失われたものはあるでしょうが、生きていればなんとでもなりますし」
「二つ目――二人とも死ぬ」
「う、それはバッドエンド……見方によってはメリーバッドエンドですかね? あの世や来世で結ばれるパターンなので」
「三つ目――男だけが死ぬ」
「それはつらい! 世界は残酷すぎる!」
「四つ目――女だけが死ぬ」
「それもつらい! どうしてそうなる!」
リヴァイさんが四本の指を立てた手を下ろした。
「以上四つだ」
「うーん、つまりハッピーエンドになるのは四分の一の確率ですか……」
あまり未来は明るくないらしい。しかもリヴァイさん予想の半分は暗すぎて想像するだけで気分が落ち込む。
「だが、四分の一の確率でも難しいだろうな。そもそも考えてみろ」
「何をです?」
「題名。サクリファイス(sacrifice)の意味は何だ」
「ええと……」
最近覚えた英単語の一つだ。私はトーストを食べながら記憶を探る。
「『犠牲』とか……『生贄』……?」
リヴァイさんがうなずいた。正解らしい。
「良い意味じゃねえだろ。それが題名に冠されている時点でハッピーエンドは期待しない方がいい。読む側への警告だ」
「け、警告!? このタイトルにそんな大層な意味があったんですか!?」
だとしたら結末は一体どうなるんだろう。
「それに――」
「え? 何ですか?」
「二人が生き残ればハッピーエンドだとお前は言っていたが、そうとは限らねえだろ。生きていようが別れて終わるケースも考えられる」
「そ、そんな……」
ますます結末が絶望的なものに確定しつつある。そんなの嫌だ。
「でも、もしかしたらそういった予想を裏切るようなラストかもしれないですよ」
「これを書いているヤツにそこまで力量はねえよ。読んでてそう思った」
ばっさりと一刀両断された書いている人がかわいそう。
「そもそも完結しなけりゃ、どれにも当てはまらねえが」
「確かに。そこは書いている人に最後まで頑張ってもらいたいですね。ここまで長くなるとかなり大変そうですけれど」
そこでリヴァイさんが鼻を鳴らす。バターだけ塗ったトーストも二枚目を食べ終えて、優雅に食後の紅茶を飲みながら。
「未完の方が作中の連中は幸せかもしれねえがな」
「う、うーん、それは否めませんが、どんな結末だとしても私は最後まで読みたいですねえ」
これは読んでいる側のわがままかもしれないけれど、そう思う。
どんなお話でも完結は寂しいけれど、やっぱり最後まで見届けたい。
さくさくと私もトーストを食べ終えて、リヴァイさんと同じ紅茶を口にする。おいしい。
時計を確認したら、まだ登校時間まで余裕があった。
「ところで、リヴァイさんはどうしてこの本を読んでくれたんですか」
リヴァイさんが絶対に読まないようなジャンルなので、貸した時からずっと意外だった。その疑問をぶつけると、リヴァイさんは押し黙る。どうしたんだろう。
「……他人事に思えねえだろ。自分と同じ名前の人間が出ているんだからな。それに尽きる」
そう、この本は何の因果かよく知る名前の人たちが多々登場している。もちろん私たちも。
なので、こんなに殺伐とした世界がこの現実とは無縁でも、自分と同じ名前の登場人物がいると気になる気持ちはよくわかった。
「やっぱり、この本の中の人たちが幸せになればいいなあって思っちゃいますよね」
もうすぐ新刊が出るし、また読もう。
(2017/07/11)
-----拍手お礼文『好きな女の子が読んでいる本を読みたくなっただけ』
2015/11/24-2017/07/10