Novel
あなただけを見つめて

「モブリットさんはスケッチがお上手ですね」
「見たままを描いているだけだよ」

 ハンジ分隊長の実験行程を素早く描くモブリットさんに私が感動していると、

「兵団だとモブリットが一番技術が高いよね。エルヴィンも巧いし――あ、そうだ!」

 閃いたように分隊長が声を上げた。

「写生大会をやろう!」




 当日。会場となる大部屋には参加者が意外と集まった。

「まさか団長から許可が下りるとは思いませんでした」
「モブリットのスキルは貴重だからね。そういった人材が増えることをエルヴィンも望んでたよ」

 うきうきとハンジ分隊長がスケッチブックと鉛筆を配って回る。
 私が適当な席を選んで腰を下ろせば隣にゲルガーさんが来た。

「リーベ、お前も参加してやがったのか。描けたら見せろよ、お前は下手くそだからな。笑い飛ばしてやる」
「巨人以外の未知の生物を描くならゲルガーさんの右に出る者はいないと思いますけどね」

 ちなみに私の画力は主観的にも客観的にも一般的なものだと思っている。

 そのうち反対側の隣に、

「リーベ、こっちの席空いてない?」
「空いてるよ、ペトラ」
「ありがと。どうして突然こんな催し物が開かれたか知ってる?」
「うん、実は――」

 ペトラに今回の発端を話し終えた時、主催者が声を上げた。

「さて、それじゃあ始めようか。まずは腕試しということで諸君の力量を見せてもらおう。今回のモデルは――我らが兵士長、リヴァイだ!」

 そこで兵長が部屋に入って来た。強制参加させられたのか表情は不機嫌そう。上は兵服ではなく羽織るタイプのパーカーで、前は閉めてある。

「じゃあ脱いでもらえる?」

 ざわ、と場が騒然とした。誰もが無意識に声を上げた。

 え? 脱ぐの?

 私も戸惑っていると、兵長は無造作にパーカーを脱いだ。

 中は――何も着ていない。

 ペトラや新兵の女の子たちが黄色い声を上げる。私も自分の顔が赤くなるのがわかった。

「わ、わわわ……!」

 兵長の身体は隙なく綺麗に筋肉がついていて、小柄な体格でも逞しい。目が奪われる。いくつかあるうっすらとした傷痕は歴戦をくぐり抜けた兵士の風格そのものだった。

「下も脱いじゃっていいよー」
「ふざけるなクソメガネ」

 そんなわけで、上半身裸の兵長が椅子に足を組んでこちらをぎろっと睨むように見渡した。ざわざわしていた部屋が水を打ったように静まる。

「描くなら描け。騒ぐな。集中しろ。俺は長居しねえぞ」
「はいはい、じゃあ十分ごとに時間を区切ってポーズ変えてもらうから。――スタート!」

 やがて部屋には紙へ鉛筆を滑らせる音が聞こえるだけになった。訓練兵時代の座学試験を思い出す。何となく心地いい。

 でも――だめだ。どうしよう。私の鉛筆は全く動かない。動けない。

 そもそもモデルの兵長を直視出来ない。恥ずかしくなってしまう。
 上半身裸でいるくらい夏場だと訓練兵時代の男子がよくやってたし、調査兵団でも脱いでいる人をたまに見ても特に気にならないのに。こんな風にまじまじ観察するものではないから?

「ど、どうして皆が平然としていられるのかわからない……!」
「うーん、最初は気恥ずかしくても段々単なるモチーフに見えてくるけど?」

 うつむいたまま小声で訴えればペトラが隣で平然と言った。しかも巧い。反対側を見ればゲルガーさんも奮闘していた。やっぱり下手だけれど迫力がある。
 よし、私も描こう。描かないと。そう腹を括って顔を上げれば――兵長と目が合った。射抜くような眼差しに、慌ててうつむく。

 駄目だ、どうしよう。平静でいられない。兵長もこっちを見ないで欲しい。どきどきしすぎて心臓が痛くなってきた。

 それから同じことを三回繰り返して、息をつく。

 もう、無理だ。

 諦めることにして、椅子から滑るように下りてからスケッチブックを抱きしめた状態の座り歩きで部屋を出る。音を立てないように、目立たないように――つまり逃げた。
 部屋を出てからは普通に立ち上がり、走って本部裏まで行って座り込む。

「つ、疲れた……!」

 主に精神からによる疲弊にため息をつく。

 顔を上げれば見事なまでに晴れた空が青く広がっていた。日差しもあたたかい。ぼんやり眺めていると意識がまどろむのがわかった。

「もう、いいか……」

 写生大会の参加は強制ではないし、このまま少しだけ眠ってしまおうと壁にもたれて目を閉じる。

 そのうち訪れたのは浅い眠りだった。何かうっすらと夢を見た気がした矢先に意識が浮上する。ゆっくり瞼を上げれば目の前にはパーカーを軽く羽織った兵長がいた。

 飛び起きると、軽くため息をつかれる。

「お前、ゲルガーとペトラが探してたぞ。急に消えて腹でも壊したかって」
「服! ちゃんと着て下さい兵長っ」
「着てるだろうが。今は休憩中ですぐに――」
「前を閉めるんですよ!」

 目に毒な肌がこれでもかと露出していたので、私は慌てて兵長のパーカーへ手を伸ばし、ファスナーのスライダー部分を掴んだ。

「か、風邪引きますからっ」
「そこまでヤワじゃねえ」

 何とか上まで閉め終えて、ほっとする。そこでなぜかため息が聞こえた。

「これくらいで狼狽えてどうする」
「ど、どうするって……」

 つい目を逸らしてしまう。

「だって、その、今は昼ですし、ここは外で……」
「夜の室内なら問題ないんだな」
「そ、それも、ちょっと、その……ええと……」

 うろたえていると頬に兵長の手が触れた。ひんやりして心地良くて、自分の顔がかなり熱いことがわかった。
 深呼吸をして、ゆっくりと心臓をなだめる。少しだけ落ち着けた。

「……平常心ではいられなくなるので」
「慣れたらどうとも思わなくなる」
「どうとも思わなくなることはないですよ」
「試してみるか?」

 兵長がファスナーのスライダーをつかんだので、私はそれが下ろされないように必死になって閉まったままのファスナーを握って力を入れた時、

「はーい、脱走兵のお二人さーん、そろそろ再開するからお戻り下さーい」

 二階の窓から分隊長の声が聞こえた。顔を上げると明らかに面白がっているようにこちらを見ていた。
 私は慌てて兵長のパーカーから手を離す。この妙な攻防をどう思われただろうと不安になっていると、

「リヴァイ、君が今やろうとしたこと一歩間違えたら露出狂だからね?」

 とんでもないことをさらっと言われた。

「リーベ、人物画の後にモブリットが講習やるから戻っておいで」

 兵長が言い返すより早く分隊長はそう言って窓から顔を引っ込めた。

「……戻りましょうか」
「……俺は露出狂じゃねえぞ」
「わ、わかってますよ」

 兵長が歩き出したので、私は大きなスケッチブックを抱え直して追いかけた。


(2016/04/20)
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