Novel
街の酒場の看板娘

 この酒場で働き出してからもう一週間が経つ。マスターもお客さんも気のいい人ばかりで毎日が楽しい。

「リーベちゃーん! 新しいお酒よろしくー!」
「はーい、すぐに行きますねー!」

 酒瓶をお盆へ乗せて、私はカウンターを出た。
 ちなみにここのお仕着せは胸元が大きく開いて肩も出ているブラウスに、腰のリボンが特徴的なワンピースドレスを重ねたものだ。

「リーベちゃんは元気だねえ、何より笑顔が最高だよ!」
「ありがとうございます、おじさん」
「俺の倅の嫁さんに欲しいくらいだ!」
「あはは、私で良いんですか?」

 いくつもあるテーブルへお酒を注いで回っていると新しいお客さんが来た。さっさとカウンターの席に着かれたので、私はすぐ接客へ向かう。

「兵士長さん、こんばんは」
「ああ。――いつもの」
「はい」

 強いお酒一杯と、あとは軽い食事。それがこの人の注文だ。兵士長さんは私が作ったものを気に入って下さっているようだった。
 数日前から毎日通って下さるようになってマスターが喜んでいるし、私も嬉しい。

「おい」

 夕方に作り置きしていた野菜のキッシュをお酒と一緒に運べば、ぶっきらぼうに話しかけられた。

「どうされました?」
「もうすぐ壁外調査だ」
「わ、それは大変ですね」

 兵士長さんは壁外を探索し、巨人と戦う調査兵団に所属しているらしい。とても有名な人なのだとマスターが前に教えてくれた。

 兵士長さんは鋭い瞳でじっと私を見る。

「興味はあるか」

 そんな風に訊ねられたので少し考えてから、

「そうですね、外の世界は気になります。でも、出て行こうとは思いません」

 私は笑って続けた。

「兵士長さんみたいに強ければ問題ないでしょうが、私に戦う力はありませんから。壁を出たら巨人にぱくっと食べられちゃいますよ」

 そのタイミングで、さっきのお客さんから新しい注文に呼ばれた。

「それではごゆっくりして下さいね」

 私は兵士長さんから離れて、腰のリボンを結び直しながらカウンターを出た。




 一時間後、空いた酒瓶を箱に詰めて店の裏へ出しに行けば、酔っ払いの男の人が横になっていた。眠っているのかと思えばむくりと起き上がり、酒瓶を片手によろよろ近づいて来る。

「ふへへ、ここの看板娘ちゃんじゃねえか、また新しくなったんだなあ……ちょいと相手してくれよ」

 私は伸ばされた酔っ払いさんの腕をつかみ、外側へ強く捻った。

「えいっ」
「ぐがっ」

 それだけで酔っ払いさんの身体が見事に倒れる。さらに店の壁へ頭をぶつけたらしく、そのまま昏倒した。

「ふう……」

 今のうちに店へ戻ろうとすれば、外の空気を吸いに来たのか兵士長さんと鉢合わせした。

 ただならぬ兵士長さんの様子に私が身構えると、その気配は霧散する。

「無事か」
「え?」
「無事かと訊いているんだ」
「あ、ええと……」

 私は酔っ払いさんを振り返る。目覚める様子がない。

「ちょっと頭を打っているかもしれません……」
「あの豚野郎じゃねえよ、お前だお前」
「私?」

 驚いてから、頷く。

「大丈夫、です」
「……それならいい」

 息をついてから兵士長さんが続けて言った。

「お前、護身術はどこで覚えた?」
「え?」

 私は戸惑ってから、首を振る。

「いえ、身体が勝手に動いただけなので……」
「…………さっさと戻るぞ」

 会話が打ち切られるなり手を握られて、そのまま引っ張られる。

 さっきの酔っ払いさんと同じことはなぜか出来なかった。むしろ、握り返してしまう。

「心配して下さったんですか?」
「……そうだ」

 いつもと変わらない仏頂面だけれど、わかった。この人はとても優しいのだと。

「ありがとうございます」

 お礼を口にすれば、

「別にいい」

 素っ気ない返事だった。でも構わない。

「おおーい、新しい酒を出してくれー!」

 店の奥から届いたマスターの声にはっとして、私は兵士長さんの手を離した。

 それから慌てて店へ戻り休む間もなく動いていると、しばらくして兵士長さんが席を立つ。お代を頂いてから私は頭を下げた。

「ご来店ありがとうございました。また来て下さいね」

 そのままお見送りに店の外まで出ると、にぎやかな店内が遠のいて静かな夜になる。周りには誰もいない。

 夜道をすぐに歩き出すと思った兵士長さんはなぜか立ち止まって、私をじっと見つめる。
 一体どうしたんだろう――と思うと顔が近づいて来た。

「あ、あの……」
「動くな」

 後ろへ下がろうとすれば、むき出しの肩へ手が置かれた。

 さらに鼻先が触れ合って、思わずぎゅっと目を閉じてしまう。

 すると、頬にやわらかい感触がした。

「――また来る」

 耳元で囁かれて、兵士長さんの顔が離れる気配がした。目蓋を上げると、遠ざかる背中が見える。

「…………」

 私はその後ろ姿をじっと見つめていた。目を離すことが出来なかった。
 頬に手を当てると、熱くなっているのがわかる。顔が赤いに違いない。周りが暗くて良かった。

「びっくりした……けど、嫌じゃなかったな……何でだろ……?」

 わからないなあと考えて、私は顔を冷ましながら店へ戻ることにした。




「リヴァイ、リーベの様子はどうだった」
「エルヴィン。あいつ、記憶を取り戻す気配がねえぞ」
「そうか……次の壁外調査までには兵団へ戻ってもらいたいのだが……」
「…………」


(2015/09/05)
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