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魅惑的細隙

「私はもうだめだ……志半ばにして倒れることになろうとは……後悔がないと言えば嘘になる……だがこれで良い……君たちが必ず成し遂げてくれる……私にはそれがわかる……」
「分隊長死なないでえええ!」
「しっかり! 気を強く持つんです!」
「お粥作ったので食べて元気になって下さい!」

 ベッドに突っ伏すニファさん、手に握って励ますペトラ、私は鍋を持ってハンジ分隊長の部屋にいた。分隊長はこれまでにない高熱を発して寝込んでいるのだ。

「何でも、何でもしますからっ。だからお願いです、元気になって下さい……!」

 ニファさんの言葉に、分隊長のぼんやりしていたはずの瞳がきらりと光った気がした。

「何でもしてくれるの? 本当に? 全員? 私のために?」

 突然の勢いにニファさんは面食らいながらも頷く。

「そ、そうです! お二人もそうですよねっ?」

 同意を求められたので、

「も、もちろん!」
「と、当然です!」

 ペトラと私も頷いたのだった。




「ぶ、分隊長!? ちょっと何ですかあの服は! 若い子に何を着せているんですか!」

 別室で着替えてから戻った私たちを見るなり赤くなったモブリットさんが思いっきり顔を背けながら叫んだ。
 分隊長は目を輝かせて、

「ふっふっふっ、あれは『旗袍』って呼ぶんだよ」
「チーパオ?」
「そうそう、別名チャイナドレス!」

 どんな衣服かと説明すると、身体の線にぴったりと沿うドレスである。スカートの裾は足首近くまであって、とても長い。ここまでなら普通にあるドレスと遜色ないけれど『旗袍』は左右に深いスリットが入っている。おかげで歩いたり少し動いただけで足が太ももまで見えてしまう。
 どれも凝った刺繍が施されており、高価なものだとわかる。

「落ち着かない……」
「恥ずかしいわ……」
「着替えたいね……」

 三人で呟いていると、

「やっぱり赤は鉄板だね! あ、全員色違いもあるよ、ニファが青、ペトラが黒、リーベが白で!」

 まさかのカラーチェンジだった。全員がそれぞれの色を手に取れば、やはりスリットの入ったそれは同じデザイン。しかし色が変わるとかなり雰囲気が異なる。

「ペトラ、黒だと大人っぽいね。ニファさんの青は知的に見えて素敵です。二人とも赤も良いけれど」
「リーベも白が似合うわ。赤も可愛いし」

 恥ずかしさも段々と慣れてきた。私とペトラが盛り上がっていると、

「元気な黄色とか妖艶な紫も素敵だと思いますよ」

 さすがニファさん、お洒落上級者は目を付ける色が違う。

「ふふふー、そのうちニファが言った色も揃えようかなー。あー眼福眼福。迷ったけどやっぱりこれだね! 似合ってる!」

 熱で寝込んでいたはずの分隊長が不思議と元気であるのと反対に、

「何を考えているんですか分隊長、こんないかがわしいものを若い子たちに着せて……!」

 両手で顔を覆い、憔悴しているモブリットさんだった。

「やだなあ、いかがわしいと思ってるからそう見えるんだよ、モブリットってばむっつりー」
「怒りますよ!? ――とにかく三人はその格好でこの部屋を出るなよ!?」

 モブリットさんの言葉に、私たちは当然頷いた。




 それから一時間後の現在、分隊長が眠っているこの部屋にいるのは私だけだ。ペトラは立体機動の訓練、ニファさんはモブリットさんと分隊長の代わりに可能な限り仕事を片付けに行っている。もちろん二人とも兵服に着替えてからだ。この格好で外を出歩けるはずがない。ちなみに予定や訓練は朝に終えた私は旗袍を脱ぐタイミングを見失っていた。

「まあ、いいか……」

 動かずとも座ると、それだけでスリットが広がって太ももが見えてしまうけれど、誰も見る人はいないので気にしないことにする。
 熱が下がってきた分隊長の寝息を聞きながらバラバラになった書類を並べていると睡魔に襲われた。前日に『鈍足の小人』シリーズを読み返して夜更かししたことを今さら後悔する。兵士は身体が資本なのに。そう思っているうちに目蓋が重くなって――

「おい」
「……ぅ」
「起きろ、リーベ」

 低い声で覚醒する。兵長だ。私はいつの間にか座ったまま眠ってしまったらしい。不自然な体勢だったこともあって身体が軋むようだ。

 ベッドを見たら、そこはもぬけの殻だった。

「あれ? 分隊長は……」

 寝起きの声で訊ねれば、

「三時間前にモブリットが医療班へ診せに連れて行った」
「そうでしたか……」

 思った以上に長く眠ってしまったらしい。日中に支障を来すとは情けない。

 立ち上がろうとすれば、深いスリットからむきだしの太ももが一気に露わになった。その時になって思い出す。まだ旗袍を着ていることに。

「っ……!」

 あられもない状態に、慌てて生地で肌を隠す。だが、そもそも普通のドレスとは異なるので隠しきれなかった。そうしている間にも痛いくらいに視線を感じて、自分の顔が赤くなるのがわかる。
 スリットを合わせるには立ち上がるのが一番だとやっと気づき、すぐにそうした。

「こ、これは、あの、ドレスの一種で、分隊長の希望で、元気になって頂くために、その……」

 突然のことでうまく説明出来ない。どうしよう。恥ずかしい。顔をまともに見ることが出来ない。
 こんな服を着てどんな風に思われているだろうと考えていたら、

「兵服に着替えろ」

 特に反応を得ることはなかったので顔を上げる。

 兵長はどんな顔をして、どんな反応をするか――心のどこかで考えていたのに。

 それは別に期待していたわけじゃなくて。

 いや、私は期待したのだろうか?

 この服を着たことに対して、何か言葉をかけてもらえないかと。

 或いは――触れて、もらえないかと。

 そこまで考えて自分で自分が恥ずかしくなった。寝起きで頭がどうかしている。

 顔が赤くなっているだろう私の様子に兵長は、

「何だ。その服で誘ってるつもりか」
「と、とんでもない!」

 慌てて何度も首を振れば、兵長が息をつく。

「リーベ」
「は、はい」
「ハンジではなく俺が着ろと言った服でもお前は着るのか?」
「え、それは……」

 もちろん要望があればそれくらいしたいと思う。
 でも、兵長は私に何を着て欲しいのだろう。

「あの、ちなみに何を……?」

 恐る恐る訊ねたら、兵長は口を開いたのに何も言葉にすることなくまた閉じた。

「……いや、別にいい。気にするな」
「はあ……」

 そう言われても気になる。しかし深く訊くことは出来なかった。
 私が着替えるのに気を遣ったらしい兵長が部屋を出てからもそれを考えていると、ハンジ分隊長がモブリットさんと戻って来た。

「分隊長、熱は――」
「うん、お陰様でもうすっかり元気元気。今日はありがと、助かったよ」

 分隊長が全快をアピールするように、ぐるぐると腕を回す。

「ところでリーベ、まだ着替えてなかったの? いや、別にずっと着てくれても良いけどさ」
「すみません、実はさっきまで眠ってしまっていたので……」

 恐縮しているとモブリットさんが首を捻る。

「おかしいな」
「何がです?」

 私が訊ねるとモブリットさんが時計を確認してから言った。

「三時間前だったか。分隊長を医務室へ運ぶ時、書類を回しに来た兵長もその場にいたんだ。そしてリーベを起こしてから出ると言ってこの部屋に残ったはずなんだが……」
「え? 起こされたのはついさっきですよ?」
「だからおかしいと俺は言ったんだ」
「確かに妙ですね。寝起き、そんなに悪くないつもりなのに……」

 二人で考え込んでいると、

「あっはっは!」

 分隊長がなぜか声を上げて笑った。

「まったく、あの男は三時間もどこを見ていたんだろうねえ?」


(2015/05/29)
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