Novel
844年の邂逅

 ※スピンオフ『悔いなき選択』のキャラクターが登場します。


 ある日。自分の部屋の片付けをしていると、

「懐かしーい!」

 訓練兵時代の課題レポートを見つけた。

 身体を動かすばかりが兵士ではない。ゆえに座学など見聞を広げる講座もあったのだ。

「『調査兵団見学レポート』! あー、あったなー。三兵団から一つ選択して訓練兵が見学に行く授業だっけ」

 あれは844年のこと。今から五年前。

 私は目を閉じて記憶を遡った。




「――以上が調査兵団に関する一通りの説明だ。それではこれより二時間、東方訓練兵団訓練兵のお前たちに自由行動を許可する! 禁止事項は先ほど話した通り、各自責任を持って行動するように。以上だ、解散!」

 フラゴン分隊長の言葉に敬礼してから私たち訓練兵は各々で散らばることにした。憲兵団や駐屯兵団と違い、調査兵団見学を選択したのは数人しかいなかったからだ。

 そんなわけで兵団本部を一人で歩き始めて数分後、私は驚いて立ち止まる。

「だ、大丈夫ですかっ?」

 通路で行き倒れに遭遇したのだ。




「うめー! 何でも食べて生きてきたけど今日食べた分が一番うまい!」

 勝手に食糧と食堂を使ってしまったけれど、この人は調査兵みたいだし許されるだろうか。もしもさっきのフラゴン分隊長に怒られた時は怒られよう。

 そう思いながら私は最後のお皿を並べ終えて、赤髪をおさげにした調査兵の向かいに座る。

「私は東方訓練兵団訓練兵のリーベ・ファルケです」
「俺はイザベル・マグノリア! よろしくな!」
「あの、イザベルさんは――」
「イザベルでいいって。あと話し方も普通にしろよな、リーベ」

 するとイザベルの隣に座る若い男性がため息をついて、

「……ファーラン・チャーチだ。俺もファーランで構わない。こいつが迷惑かけたな」

 そう言ってファーランはイザベルの頭を小突いた。
 私がせっせと料理を作って運んでイザベルに食べさせていると慌てたようにこの人がやって来たのだ。

 食堂にいるのは私たち三人だけで、とても静かだった。

「それにしても『とーほー訓練兵団』? 訓練兵団にも色々あるんだな。ファーランは知ってたか?」
「あれ? 訓練兵団へ行ってないの?」

 イザベルの言葉に私が驚けば、ファーランが曖昧に笑った。

「まあ、色々と事情があってな。……イザベル、後で方角を勉強するぞ」
「はあ!? 方角くらいわかるぞっ。北と南と東と西だろっ」
「東西南北ってわかるか?」
「とーざいなんぼく?」
「……これだから頭の悪いヤツは」
「誰が頭悪いって!?」

 喧嘩腰になった二人を宥めて、正規の訓練を経ることがなくても入団が許可されるのかと思いながら私はイザベルに食事を再開させる。

「兄貴にも食わしてやりてえなー」
「イザベルってお兄さんがいるの?」
「兄貴は兄貴だ!」

 私が首を傾げると、ファーランがやれやれと補足してくれた。

「こいつには兄貴分の男がいるんだよ。今日はいないがな」
「そうですか」

 するとイザベルが何か気づいたように声を上げた。

「あれ? ファーランは食わねえのか?」
「いや、俺はいい。別に腹は減ってない」
「でしたら飲み物だけでもいかがです?」

 私が紅茶を注いで渡せば、ファーランは香りを確認しただけでさり気なくカップを置いた。

 私は驚いた。

 この人は私が紅茶に何か入れたのではないかと疑っている。警戒心の強い人なのだろう。最初に食堂へ入って来てからやけに注視されていた理由がわかった。すでに食事を開始していたイザベルを気遣う視線の意味も。

 今日初めて会ったのだから無理もないかと考えて、私は安心してもらうために自分も同じ紅茶を飲むことにした。カップを出して温めたのは彼が来てからなので、そこに細工が出来ないことは知っているはずだ。

 すると私の意図に気づいたのか、ファーランは罰が悪そうにカップへ口をつける。

「……うまい」
「それは良かったです」

 私が微笑んで見せると、ファーランがしみじみと言った。

「訓練兵団じゃ料理や紅茶を淹れる講義まであるんだな」
「ええと、私の場合は訓練兵になるまで貴族のお屋敷でずっと暮らしていて――」

 そこでファーランが顔色を変える。

「貴族って……まさかロヴォフ家か?」
「いいえ」

 鋭くなった眼光に私は首を振った。

 するとファーランは落胆と自己嫌悪の色を濃くして、

「……だよな。短絡的に考えすぎた。何でもないから忘れてくれ」

 言葉を濁す様子に私が首を傾げていると、イザベルが完食した。

「ごちそうさまー! 本っ当にうまかった! ――そういやリーベは何で調査兵団を? 料理人にでもなればいいのに……あ、『巨人を倒して人類に自由を』ってヤツか?」
「うーん、そこまで崇高なものじゃないよ」
「へー」
「おいイザベル、お前『崇高』の意味もわからず頷くなよ」

 そこでまたイザベルが歯を剥いて、ファーランはそれをあしらいつつ紅茶を飲んだ。

「あの、二人が調査兵団に入ったのはどうして?」

 私は提出義務のある課題レポートの存在を思い出して訊ねると、イザベルは綺麗な緑色の瞳を輝かせて言った。

「俺はいつか『上』の世界で暮らしてやるんだ。そのために調査兵団へ入って取引に必要な――もがっ」
「美味いもん食べて口が開きやすくなったみたいだなイザベル?」

 ファーランが大きな手で容赦なくイザベルの口を塞ぎつつ、こちらを見る。

「あー、その……リーベ、お前の夢は何だ?」
「え、私?」

 まさか聞き返されるとは思わなかったので、戸惑いながら少し考える。

 そのうちイザベルがファーランから解放されて何度も深呼吸していた。

「息、止まるかと思った……」
「自業自得だろ」

 ファーランが少し怒ったようにイザベルを睨んでいたので、私は彼らの事情をわからないなりに納得しておくことにして声を上げる。

「あの、ええと……私の夢だけれど」

 そんな風に話を繋げれば、狙い通り二人から視線が向けられた。

 私はゆっくりと言葉にする。

「朝起きて、食事を作って、掃除をして、洗濯もして――そうすることが当たり前の毎日を過ごして生きていきたいな」

 するとファーランが眉を寄せて、

「だったら兵士は辞めた方が良いんじゃないか?」
「あ、でも生きていくには戦うことをやめるわけにはいかなくて……その……」

 真っ当な意見を前に私は目を伏せて、続けた。

「こんな私でも良いと認めて、赦してくれる誰かと出会えて、その人と同じ時間を生きたい。――それが、私の夢」

 願うように言葉を紡げば、イザベルが立ち上がってこちらへ身を乗り出した。

「叶う! 絶対叶うって! こんなにうまいメシが作れるんだから大丈夫だ、俺が保証する!」
「イザベルの保証なんか当てにならねえが……でも、まあ、叶うといいな」
「何だと! もう一回言ってみろファーラン!」

 三度にぎやかに言い争い始めた彼らを前に、

「ありがとう、二人とも」

 思わず頬を緩めて笑えば、窓の外を立体機動装置で駆ける調査兵が何人も横切った。訓練中なのだろう。私は時計を確認する。

「あ、そろそろ戻らなきゃ」

 約束の時間が迫っていた。

「じゃあな、リーベ!」
「馳走になった。片付けは俺たちがするから」

 イザベルが大きく手を振って、ファーランが軽く手を挙げて――私も小さく手を振り返して食堂を出た。




 過去から現在へ意識を戻し、そして私はゆっくりと目を開く。

「…………」

 調査兵団へ入団した時、彼ら二人はここにいなかった。

 兵団にいないということは二通りの考えがある。

 退団して、この世界で新しい生き方を見つけたのか。
 或いは――壁外調査で命を落としたのか。

「…………」

 私は彼らの行方を知らない。彼らの今を知ろうともしていない。

 でも、それで良いと思う。

 あの時間が確かにあったことを私は忘れないから。

「――よし、片付け再開!」

 私は課題レポートを大事に引き出しへしまった。




 844年。

「兄貴ー! 今日の情報収集はどうだった?」
「収穫なしだ。お前らは何をしていた」
「俺は昼食べ損ねて行き倒れてたら初めて会ったヤツにうまいもん食わしてもらって助けられた!」
「……イザベル、ろくに知らねえ人間の作ったもんを食ってんじゃねえよ。普段は警戒心が強いくせにどうした」
「う、それは……初めて会ったヤツなのに本気で心配されたし……何でかわかんねえけど話してたらほっとして……腹も減ってたし……それにファーランだって紅茶飲んでたぜ?」
「ファーラン、店でもねえのに初対面の相手が淹れた茶をお前が飲んだのか?」
「あー、そうだ。俺が飲むのを警戒したらそれを見破られて。先に自分が飲んでくれたんだ。恥ずかしかったな。相手はちっちゃい女の子だったのに」
「本当に良いヤツだったよなっ。メシもすっげえうまかったし、今日は行き倒れて良かったー!」
「……妙なヤツがいたもんだな」
「あいつ、訓練兵団出たら調査兵団に来るって言ってたから兄貴も会えると思うぜ。また紅茶もメシも作ってもらおう! 名前は――」
「待て、俺たちはいつまでも調査兵団にいるわけじゃない。目的を果たすまでだ」
「ファーランの言う通りだ。……だが、もしも仮にそんなことがあれば――」
「何だよ、兄貴」
「何だ、リヴァイ」
「……それも悪くない」


(2015/01/10)
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拍手お礼文 2014/09/24-2015/01/05
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