Novel
乙女に花を咲かせましょう

「今日はリーベさんの勝負服をコーディネートすることが私の仕事です」
「勝負服、ですか」

 ある休日、ハンジ班の一人であるニファさんと買い物へ行くことになった。
 ニファさんは調査兵団で一番のお洒落だと名高い。ちなみに以前お見合い騒動で私が着用したドレスは彼女と分隊長が選んだとのことで納得するばかりだ。

 ニファさんがぐっと拳を握った。

「シンプルで動きやすい服の良さもわかりますが、今日は趣向を変えてみましょう!」
「あ、はい。でも、どうしてですか?」
「先週ペトラさんと話をしていたら『リーベには勝負服がない』と嘆かれまして」

 そういえば前に兵長と買い物へ行くことになった時、ペトラに「もっと気合いの入った服はないの!?」と言われたっけ。

「うーん、でも、このご時世に利用目的が一つしかないのは――」
「リーベさん! 私は悲しい! 花と乙女の命は短いのにそんなこと言って! もちろん素晴らしい考えではありますが今日はそれを捨てて下さい!」

 そんなやり取りをしているうちに、相乗り馬車がウォール・ローゼ東にあるカラネス区へ着いた。

 馬車を降りながら私は考える。

 衣服に対して無頓着ではないつもりだけれど、そこまで意識が向かない。ゲデヒトニス家でずっと使用人として黒のワンピースドレスにエプロン姿で過ごしていたせいかもしれない。

 改めて隣を眺めて、

「ニファさんは今日もお洒落ですね」
「嬉しいっ、ありがとうございます。この服は色んな着通し方があって飽きないし楽しいですよ。――そうだ、まずはこの店へ行きましょうっ」

 きらきらと輝く瞳に、私は頷く以外になかった。




 仕立て屋さんにはたくさんの女性がいて活気付いていた。私は店内を歩くニファさんの背中を追いかける。

「ワンピースを探しましょう。あ、これはどうですか? 綺麗な色!」

 まず勧められた服を見れば、上半身は翡翠色を基調にしており白いスカート部分は裾を上と同じ色に染めた大きなリボンレースに縁取られている。

「素敵ですけれど……」
「どうしました?」
「自分が着ると思ったら似合わない気がします」
「なーにを言ってるんですか! 似合わないって思っていたら似合うものも似合いませんよ!」
「それに胸元が結構開いてますし」

 口ごもっていると、

「リーベさんなら問題ないのでむしろ見せつけましょう」

 問答無用とばかりに試着室へ押し込められた。仕方がないので着てみたけれど、

「腰のリボンで息が苦しいです。こんなにお腹を締め付ける必要性がわかりません」
「苦しみや痛みに耐えてこそ女性は綺麗になるんですよ」
「何だか深い言葉ですね……!」

 その後、他にも何着か試してニファさんと相談するうちに私も真剣になり長い時間をかけて吟味した結果、

「……選べない」

 迷ってしまった。

 まずはクリーム色の生地全体に花のレースをいくつも散らし、スカート部分はたくさんの布を使うことでふんわりと広がるワンピース。
 綺麗な瑠璃色のワンピースには袖口や裾に白糸で細かな刺繍がたくさん施されていて、高価だろうと思えば驚くほどお値打ち価格。
 鴇色と白の細かい格子柄で落ち着いた雰囲気のワンピースも魅力的だ。腰を縛るリボンも形や手触りが好みだった。

「ニファさん、こんな時はどうやって決めたら良いですか?」
「うーん、どれも似合ってましたからねえ。あ、一番見て欲しい人の前にいる自分の姿を考えたら良いですよ」
「なるほど」

 ならば、とすぐに決まった。私は一着を手に取る。

「これにします」
「は、早いですね?」

 会計待ちをしている間に「上着やブラウスを変えると同じワンピースでも雰囲気が変わりますし、これは上下切り離しが出来るタイプですから色んな楽しみ方が出来ますよ」とアドバイスをもらった。さすがのニファさんだ。

 私は選んだ一着を目の前にして息をつく。

「こんなに素敵な服だと着るの躊躇っちゃいますね。ずっと部屋に飾っておきたいくらい」
「着ないと駄目ですよ!? 着てくれないと私泣きますから!」
「わ、わかってますよ。でもこの服で掃除は出来ませんね、汚れるのが忍びなくて」
「そうですよ、勝負服とはお出かけや誰かに見てもらうためにあるのです」

 店員さんと相談して、購入したワンピースを着て帰ることにした。店を出れば結構時間が経過していて、休憩がてらお茶をすることになった。
 注文を終えて待っていると、

「本当は勝負下着のお店も行きたかったんですけれど、そっちは次のお楽しみにしましょう。その時はペトラさんも一緒に!」
「……特に予定がありませんから私は結構です」
「なーにを言ってるんですか! 『予定』なんていつ来るかわかりませんよ?」
「お待たせいたしましたー、『午後三時のおやつセット』が二つになります、ごゆっくりどうぞー」

 運ばれてきた鮮やかな色をした紅茶に口をつけて一息入れれば、

「リーベさんは兵団に気になる異性っています?」

 咳き込んでしまった。

「ど、どうしたんですか突然」
「せっかくの機会ですしリーベさんの恋愛事情を聞いてみたいなって」

 にこっと笑う顔と切り揃えた髪が揺れて、とても可愛らしい。

「そういえば一昨年出会った104期にニファさんとそっくりな子がいましたよ。アルミンと言って――」
「どんな子ですかと聞きたいところですが駄目ですよ、逃がしません。私の質問に答えて頂かないと」
「…………」

 私は観念することにした。

「気になる方はいるんですけれど……その、まだ返事が出来なくて」
「え! まさかすでに告白され済みですか! どうして返事をされないんです?」
「色々ありまして……」

 言葉を濁せば、

「何ですか色々って」

 容赦なく突っ込まれる。

「どうすればいいのかわからないんですよ」
「返事をすれば良いんですよ。断らないということはリーベさんもその方を憎からず想っているんでしょう?」
「……でも」

 無意識に拳を握っていた。

「私はその人が思っているような人間じゃないから――」

 その時だった。

「有り金を全部寄越せえ!」
「さっさとしやがれクズ共が!」

 野太い男二人の声と何人もの女性の甲高い悲鳴が店内に響く。

 見れば、人相の悪い男たちが店の入り口で苛立ったようにナイフを振り回していた。さっき紅茶を運んでくれた店員さんは顔面蒼白だ。

「リーベさん」
「ええ、問題ありませんよ」
「わかりました。では、私は左を」
「了解です。右は任せて下さい」

 私たちは同時に立ち上がった。

「おいそこの女ども!」
「お前ら動くんじゃねえ!」

 隙だらけのナイフの一閃を見極めて避けてから、私は男の胸ぐらをつかみ勢い良く鳩尾へ膝をねじ込んだ。
 相手が息を詰まらせているうちに緩んだ手から武器を奪い、膝裏を蹴ることでそのまま床へ倒す。頭を押さえて起き上がれないようにした。
 後ろを見ればニファさんも見事に男を叩き伏せていた。

 一般人など兵士の敵ではない。

「お、お客様! お怪我は!」
「ありません。大丈夫です。あとは憲兵を呼んで下さい」

 店長らしき男性と屈強な料理人が出てきて、私たちは取り押さえる役を交代してもらう。

「あ、あなた方は一体……」

 店員さんの声に私はニファさんと顔を見合わせる。

 この壁の中は各兵団の悪口が流行している。これくらいの手柄で調査兵団の評判が上がるはずはないし、憲兵団にますます目を付けられることはわかっているし、そもそも兵舎へ戻った時に周りから心配されたり怒られたりすることを避けたかった。

「私たちは名乗るほどの身分も名前もありませんので」
「お代はここに置いてます。ごちそうさまでした」

 逃げるように店を出て、歩きながら私はたった今気付いたことを伝える。

「このワンピース、割と動きやすいことが判明しました」
「その機能は求めてませんでしたが……まあ良しとしますか」

 ニファさんが苦笑してから、

「ねえリーベさん、さっきの話ですけれど……。私たちは調査兵です。今のようにいつ何があるかわかりません。つまりいつ死んでもおかしくありません。だから気持ちを伝えるか、だからこそ口を閉ざすかは個人の考えだと思うので何を言っても仕方ないことですが――」

 それから彼女はふわりと笑った。

「『自分はその人が思っているような人間じゃない』なんて関係ないと思いますよ。他者と自己、それぞれの視点からの認識の相違とは誰に限った話ではありませんから、当たり前でどうしようもないことです。重要なのはその人にとってリーベさんが大切で、かけがえがなくて、愛しくてたまらないことじゃないでしょうか。想いを言葉にする告白って、そんな気持ちがたくさん詰まっていると思うんです」
「…………」
「どうするにしても、悔いのないようにして下さいね。それが難しいことですけれど」
「……私もそう思います。でも、ありがとうございます」

 私は微笑んで応じた。

「今度はニファさんの話を聞かせて下さい」
「私、自分が話すより誰かの話を聞く方が好きなんですよね」
「それはずるいですっ」




 それから私たちはハンジ分隊長からのおつかいで書店を巡り歩いたり、何人かへお土産をいくつか見繕ってから兵舎へ戻った。

「今日はとても楽しかったです」
「私もですよ、ありがとうございました」

 ハンジ分隊長の元へ行くニファさんと別れて一人で歩いていると、

「おい! そこのお前!」

 遠くから鋭く呼び止められた。ゲルガーさんの声だ。

「何やってんだ、ここは兵団関係者以外立ち入り禁止だぞ!」
「あの、ゲルガーさん、私です。もう酔っているんですか?」
「ああ? 何だと?」
「だから私ですってば」

 離れた距離でやり取りしつつ戸惑っていると、ゲルガーさんの隣にいたナナバさんがため息をついた。

「よく見てゲルガー、リーベだよ」
「は? リーベ? あ、えええ?」
「はい、私はリーベですよ。そしてこれは頼まれたカラネス区のお酒です」

 近づいて酒瓶を渡しても信じられないという表情のままのゲルガーさんを放っておいて、私はナナバさんと向き合う。

「ただいま戻りました」
「びっくりしたよ。どこのお嬢さんが紛れ込んだかと思ったら。似合ってる」
「わ、ありがとうございます。……嬉しい」

 するとやっと私の存在を認めてくれたゲルガーさんが、

「馬子にも衣装だな――いだだだだ!」

 ナナバさんがゲルガーさんの目蓋を引っ張っていた。痛そうだ。

「何しやがる離せよナナバ!」
「あれ? どうやら目が機能してないと思ったからこれはいらないかと思ったんだけど」
「いるいる! 目蓋は人間に必要だ!」
「ええと、じゃあ私は失礼します、お疲れ様でした!」

 それから私は一番見せたい人の所へ行こうとして、やめる。

 これは勝負服なのだから、今日見せるのは違う気がした。

「でもせっかくだしミケ分隊長とトーマさんに見せに行こうかな。それからペトラにも!」

 兵長。
 いつか、また今度出かける時があれば、この姿をあなたは何て言ってくれるだろうか。

 想像すると楽しくて、気恥ずかしくて、嬉しくて――私は頬を緩ませて、歩き出した。


(2014/10/13)
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