Novel
夢の夢で夢を見た

 森の中。立体機動装置で自在に舞うリヴァイ班兵士たちの姿に私は目を奪われていた。

「わあ……!」

 こうして現を抜かすなど戦闘中や訓練ならとても許されることではないが、今は問題ない。なぜなら『撮影中』だからだ。

 私に『出番』はないので、先ほどまでは市街地で血糊だらけになったアルミンの顔を拭いたりエレンが浸かる大量の赤い水を作って用意したりと撮影屋さんの指示で裏方に徹していた。
 汚れ物が多いので明日はたくさん洗濯しなければと思うものの、これまでにない経験はなかなか面白くて楽しい。

 次の仕事はモブリットさんたちと一緒に『兵長のマントを揺らす風を起こす』というものなので、少し待つ必要がある。『演出効果』をもたらす青と白の二羽の鳥も用意したし、準備は万端だ。

「あ、良いこと思いついた」

 するとそばにいたハンジ分隊長が声を上げた。『演出』のためゴーグルのレンズが片方割れている。

「私は何回か『出番』あるし、一回くらいリーベが代わりに出なよ」
「え? 私ですか?」

 一体何を言われたのかと理解する前に、

「リーベもミカサと同じくらい脱いだらいいんじゃないかな」
「それは却下だ」

 低い声に振り向けば兵長がいた。『撮影』が終わったらしい。

「だが……お前はいいのか、ハンジ」
「いいよ、リヴァイ。だって皆で出た方が面白いしさ。104期だけじゃなく調査兵団だって女の子成分増やすのも悪くないし。どう、エルヴィン?」
「ああ、そうだな。良い案だ」

 団長があっさりと頷いたので、私は慌てて口を開く。

「あの、ちょっと待って下さい。私は掃除とか洗濯とか裏方専門でこんな表舞台に引っ張り出されるわけには――」
「つべこべ言ってんじゃねえ。お前も出ろ、リーベ」

 抵抗の余地なく兵長に命じられ、あれよあれよと話は進んでいく。
 さっき『撮影』を終えて休憩中のミケ分隊長も何も言ってくれなくて見放された気分だ。ひどい。

「どうしてこんなことに……」

 頭を抱えているとすぐに『出番』となった。顔にべたっと血糊をたくさん付けられて、もう逃げられない。黒々とした謎の機材に囲まれて緊張する。

「そ、そういえば私、自分の立体機動装置を持って来ていませんし――」

 最後の抵抗とばかりに武器の不足を訴えれば、

「武器は何でも良いですよー。あ、そうだ。さっきハンジ分隊長のゴーグルを撃つ『演出』に使用した拳銃がありましたね、あれを使いましょう。これを機材へ向けて構えて下さい。銃口を反射させて存在感を出す『演出』にしますから」

 撮影屋さんがにこにこと私に回転式拳銃を手渡した。

「巨人相手に拳銃なんか持ってても倒せませんよ! 私を死なせる気ですか! 『演出』とはいえ不吉極まりないです!」
「それでは説明させて頂きますねー」

 私の叫びは華麗にスルーされて、撮影屋さんはぱらぱらと『台本』を開く。

「『血に塗れながらも人類はずっと前を向いて進んでいく』感じのカットですね。ハンジさんならニヤリと笑ってもらう予定でしたが、リーベさんだとちょっと感じを変えましょう。ええと、そうですね――視線には『何が何でも最後まで諦めてなるものか!』みたいな決意を込めて下さい」
「視線だけでそんなの伝わらないんじゃ……」

 私の言葉に撮影屋さんはにっこり笑って、

「仮に伝わらなくても良いじゃないですか。わからないことはわからないままで構わないと思います。だからこそ『自由に想像が出来る』という大きな力を人は発揮するのです」
「ええと、そういうものですか?」
「そういうものです。人間の想像の翼は無限ですからね! あとは『完成したものを見て下さる方』に『楽しんで頂ければ充分』と思っています。『自分自身が楽しむこと』も大切ですね。僕はそう思います。なのでリーベさん、楽しんで下さい」

 そう言い残して撮影屋さんは機材のある場所へ戻ってしまった。

「う、うーん……」

 撮影屋さんの言葉に私は考え込んでしまう。

「やっぱり私には出来そうにない気が……」
「出来そうかどうかじゃねえだろ。やれ」

 隣を見れば、いつの間にか兵長がいた。

「…………」
「何だ、リーベ」
「いえ、その……兵長が『やれ』と言う時は、相手にそれが出来るとわかって信じている時だと思いまして」
「…………」
「ですから――『楽しむ』ことは難しいですけれど、ここまで来たら『撮影』はちゃんとやりますよ、私」

 私は隣にいる兵長を仰いだ。

「今なら、きっと大丈夫だと思います」
「……それでいい」

 兵長が『撮影』に支障ない、けれど一番近い場所へ移動する。

 私は拳銃を握り直し、覚悟を決めた。もう緊張や不安は一掃されていた。

「それでは始めようか」

 団長が撮影屋さんに合図する。

 そして――




「どうにか役目を終えたわけですよ、私は。で、『今度はまた市街地に戻って巨人の「撮影」ですね』ってエレンの声で目が覚めました」

 誰かに話さずにはいられなくて、お茶を持って行くついでに私は一連の出来事――今朝見た奇妙な夢を話し終えた。
 兵長はカップを傾けながら黙って聞いてくれていたが、そこで眉を寄せた。

「エレン? 誰だその女は」
「ああ、エレンは瞳が綺麗な訓練兵の男の子ですよ。綴りはEllenではなくEren。来期で卒業だったかな。調査兵団を志願していたので兵長もそのうち会えると思います」

 懐かしい。二年前の炊事実習以来会っていないけれど、元気にしているだろうか。

「104期の兵士たちがたくさんいたし、本当に不思議な夢でした。だって巨人も撮影屋さんの指示に従っているんですよ! 聞きなれない言葉ばかりだったのに誰も疑問に思ってなかったし……そもそも一体何のために、どんな目的でやっていたのかもわからなくて……まあ、夢なんてそんなものですよね。ナナバさんにも簡単に話したら『夢は深層心理の表れ』だと言われたんですけれど――」

 話しながら私は兵長を仰いで思い出す。

 あの時、あの瞬間、胸に抱いた想いを。

「兵長」
「何だ」
「――何でもありません」

 あなたがいるのなら私は大丈夫。

 夢の世界でも。
 この世界でも。


(2014/06/25)
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