Novel
ショコラーデ狂想曲

「前に似たようなことがあったような……」
「私も既視感があるわ」

 3つの兵団を束ねる大トップであるザックレー総統からの指令らしい。

 そこにはこんなことが書かれていた。

『全兵団兵士に告ぐ――2月14日の兵士間における菓子の受け渡し禁止を命ず』

 掲示板から離れながら私はペトラと話す。

「一体何が? ただ女性から男性へお菓子を渡すイベントなのに」
「噂によると、この日のためにお菓子作りの練習してた憲兵が調理場の一部を吹き飛ばしたんだって。幸い怪我人はいなかったけど、兵士がうつつ抜かして何してるんだって大総統が動いたみたい」
「どうしてそんな大惨事に……」
「これじゃあ今年はリーベのお菓子講座、開けないわね」

 847年に訓練兵炊事実習の教官を引き受けたことをきっかけに、一昨年と去年のこの時期は兵団希望者に対してお菓子講座を開いていた。なかなか好評だったけれど、ぺトラの言う通り今年の開講は難しそうだ。

「仕方ないよ。また来年やろう」

 が、しかし。
 中央で何が起きたのか当日になって風向きが変わった。
『支給するチョコレート一粒だけ自由に扱うことを可』と禁止令がわずかながら緩和されたのだ。
 そして女性兵士限定の定例集会にて配られた小さな箱。中身はチョコレート。これだけは相手が誰であろうと自由に渡すことが許されるらしい。

「一粒とはいえ、チョコレートは貴重よね」
「確かに」

 お菓子講座でいつも扱っていたのはクッキーやケーキの類だ。私もチョコレート自体は作ったことがない。豆から作る工程の資料を読んだことはあるものの気が遠くなるような作業だった。

「でも、誰にあげよう? これ一つだと渡す相手に迷うし困るんだけど……」

 日頃お世話になっている人たちに毎年配っていたので途方に暮れていたら、周囲では「恋人のいない者は直属の上官に渡すのが吉」という結論が出ていたので私もそれに従うことにした。なるほど、一番理に適っている気がする。

「ミケ分隊長を探さないと」
「なら私は兵長ね」

 ぺトラと別れて食堂へ向かったら、そこには二つの集団がいた。

 一つは、女性兵士から男性兵士へ和やかにチョコレートを渡すグループ。
 もう一方は、女性兵士から男性兵士がチョコレートを奪おうと奮闘するグループ。

「こ、これは一体……」
「来たなリーベ!」

 目の前に立ち塞がったのはゲルガーさんだ。

「その箱を大人しく俺に寄越せっ」
「あの、これはミケ分隊長に渡す予定で――」
「お前知らねえのか? 分隊長は急な呼び出しで今日はずっと中央だ」

 じりじりと迫ってくるゲルガーさんに私は思わず後ずさる。同時にぐいっと腕を引かれた。

「頼むリーベ、俺にくれ!」
「ずりいぞトーマ!」

 するとゲルガーさんがトーマさんを私から引き離して、二人は対人格闘の姿勢に入ってしまった。

「二人とも、そんな必死になって何やってるんですか。ゲルガーさんはチョコレートよりもお酒が好きでしょう?」
「ああそうだ! だがな、男のステータスとして必要なんだよ!」

 ステータス。
 なるほど。男性兵士が奮闘している理由がよくわかった。
 つまり例年以上にお菓子の価値が上がっているらしい。さらにそれが貴重なチョコレートであることが拍車を掛けている。

 箱をポケットへ押し込み、私は叫んだ。

「――そんなくだらないもののために大事なチョコレートは渡せません!」
「くだらねえだと!?」

 即座に踵を返して食堂を出ようとすれば隣からグンタさんに声をかけられた。

「リーベ、もし良かったら俺に――」
「2000年早い!」

 謎の言葉と共にグンタさんに後ろから足払いをかけたのはトーマさんだ。
 グンタさんが見事にひっくり返ると同時に、食堂で繰り広げられる闘争は激化するばかりだった。確実に女性兵士が優勢だけれど――ここは逃げた方が良さそうだ。
 向かって来たゲルガーさんをするりと交わして、私は今度こそ食堂を出た。駆けながら振り返れば、諦め悪く追いかけてくる三つの影。どうやら逃げ続けるしかないらしい。

「あーあ」

 午前中の自主訓練はやりたいことがあったのに。

 ため息をつきながら目的地もなく走っていれば、大声で言い争うぺトラとオルオさんとすれ違う。何があったんだろう。
 そうするうちに私の足は立体機動の訓練で使用する森に着いた。

「よっ」

 高く跳躍して枝を掴み、逆上がりの要領でぐるりと回った。兵士の中の兵士である調査兵の腹筋を舐めてはいけない。
 それを何度か繰り返して木を登って茂みに隠れていると、ゲルガーさんたち三人ともやり過ごすことが出来た。

「さて」

 でも、私は自分の力量をわかっている。ここを見誤ってはならない。
 ミケ分隊長が戻るまで一日中逃げてはいられない。そのうち捕まって、チョコレートは奪われるだろう。
 ならば選択肢は一つだと私はポケットから出した箱を開けた。中には一粒のチョコレート。支給品らしくシンプルな形だった。

「いただきまーす」
「おい、待て」

 そしてそれを口へ放り込もうとした矢先、低い声が降って来た。
 顔を上げれば兵長がいた。立体機動装置を身に帯び、ベルトで身体を支えながら私を見下ろしていた。

「お疲れ様です」
「リーベ、お前はそれを自分で食うつもりか」

 挨拶すれば、兵長はワイヤーを素早く回収しながら私のすぐ隣へ下りてきた。

「はい。自分で食べることは別に禁止されていませんし、男の人たちのステータスやプライドに貢献をするのはもったいないです」
「だったら――」
「いただきまーす」

 私は今度こそチョコレートを口へ入れた。滅多に食べられるものではないので味わって食べる。固くてなかなか噛み砕けないけれど、長く味わえるし別にいいか。

 口の中で転がしていると、なぜか兵長に睨まれていた。

「…………」
「おいしいですよ、チョコレート。兵長はぺトラからもらいました?」

 ぺトラのことだから誰かに奪われることなく渡せただろう。

「ああ、確かに受け取った」

 ほら、やっぱり。

「だが不幸な事故と不運なタイミングが重なった結果、それはオルオの腹に収まった」
「…………」

 何があったリヴァイ班!

 ああそうか、だからさっき二人はあんなに喧嘩をしていたのか!

「それならこのチョコレート、差し上げれば良かったですね……」

 残念ながら時すでに遅しだ。
 もごもごとチョコレートを口に転がしながら苦笑すれば、そっと顎を持ち上げられる。

「まだ遅くねえよ」

 どういうことだろうと思っているうちに唇が触れ合った。それに留まらず、舌が差し込まれる。

「!」

 口内を探るようなその動きに身体を跳ねさせれば、ぐっと力強く押さえ付けられる。
 抵抗も出来ず翻弄されていると、なかなか噛み砕けなかったチョコレートが器用に舌の上から奪われたのがわかった。

 唇を離し、兵長は呟くように言った。

「甘いな」
「な、な、何、を……」
「ん」

 茫然としていれば、また唇が重ねられる。そして兵長の舌先でチョコレートを押し込まれた。先ほどよりも小さくなったそれに、私は自分の顔が赤くなるのがわかった。
 最後にぺろりと唇を舐められて、身体が離される。

「こ、こんな食べ方、だめですよ……」
「俺としては理に適っていると思うがな」
「いや、そんな……」
「リーベ。お前、これで音を上げてどうするんだ」
「え? どういう意味です?」

 私が首を傾げれば、

「これはハンジから聞いた話だが――」

 兵長が言った。

「来月は、三倍返しだ」


ショコラーデ…チョコレート
(2014/04/14)
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