馬上にて
馬に嫌われる性質というのは、兵士にとって致命的だと思う。壁外では彼らなしに生きてはいられないからだ。
しかしフロイデだけは違った。唯一、私が触れても暴れることも逃げることもなく受け入れてくれた。
あの子と出会えた時の喜びは、忘れない。
初陣からずっと、私の相棒だった。巨人を前にしても臆することなく、力強く駆けてくれた。
そして今、私の相棒はいない。
「…………」
壁外からウォール・ローゼへの撤退の最中、私はフロイデではない馬の上にいた。兵長の後ろに乗せてもらっていたのだ。同じ班の皆も乗せてくれようとしたが、馬が嫌がったのだった。
兵長の馬だけが、仕方ないなあというように乗せてくれた。もちろん私ひとりでは乗せてくれなかっただろう。
後ろに乗る方が揺れはひどいが、文句はとても言えない。そもそも今の私には揺れなんてどうでもいいことだった。
落ちないように兵長の腰に手を回しながら、私はぼんやりと考える。つい先刻、起きたことを。
右翼側からやってきた、20m級の奇行種。それが私たちの班へと突っ込んできた。倒すべく私はフロイデから立体機動装置で離れ、一度別行動を取ることにしたのだ。
その後に起きる悲劇なんて、想像も出来ずに。
普通、巨人は馬を相手にしない。人間だけが捕食の対象だ。しかし、そいつは違った。そんな奇行種だった。
巨人はフロイデの胴をおもむろにつかんだかと思うと、そのまま食ってしまった。
私は叫び、班で一丸となってそいつを倒したが、当然フロイデが戻ってくることはなかった。
「…………」
ウォール・ローゼが見えてきた。もうすぐ壁の中だ。
兵長の声がした。
「明日、馬を見に行くぞ。馬がねえと壁外じゃ話にならねえ」
「……いますかね、私に慣れてくれる子なんて」
「情けねえこと言うな。探せ。一日付き合ってやる」
そう、私には新しい馬が必要だ。フロイデがいなくなったことを悲しむ間はなかった。
片腕を兵長から離して、何気なく指笛を吹く。たった一度吹いただけで、あの子はいつも迎えに来てくれた。私のところへ。
今はただ、指笛の音が周囲に虚しく響いただけだった。
兵長は何も言わなかった。
私も、何も言えない。
「…………」
悲しむ間は、きっとない。人類が勝利する日まで、或いは命果てる時まで私は兵士として戦わなければならない。
それでも――今は、ウォール・ローゼまでのわずかなこの距離は、きっと悲しむ時だと思った。
兵長の背中へそっと身を寄せる。
声もなく泣いていても、彼は気づいているだろう。
それでも兵長は何も言わずに、馬で駆け続けてくれた。
フロイデ…喜び