わたしをころすのはいつだってわたしでいたい
「まず挙げるならやっぱりユトピア区! 地中からお湯が湧き出る現象――つまり温泉があって、そこへ入ることが出来るみたいですよ! 食事も温泉がないと食べられないものや作れないものが色々あるらしくて! 心身共に日々の疲れを癒すならここしかないと思います!」
立体機動装置のレバーを操作して素早く宙返りをしながらわたしは話を続ける。
「普段の生活じゃ味わえない何かがあってこそ旅というものです! いつか絶対に行きたい……!」
わたしがどれだけ熱く語っても兵長はどこ吹く風というように落ち着いて補給班から新しい刃とガスを受け取っていた。
「『普段の生活じゃ味わえない何か』が旅の条件なら『今』も旅をしていることになるんじゃねえか」
その言葉を聞きながらわたしは射出したアンカーが標的へ刺さったと同時に高速でワイヤーを回収させる。一気に敵の急所へ突っ込んだ。
そのままスピードを落とさず、超硬質ブレードで一気に相手のうなじを削ぎ落とす。
「『人間を食らう巨人に囲まれて行軍する命懸けツアー』なんて嫌ですよ!」
現在、調査兵団による壁外調査真っ最中。
市街地で五体の巨人に囲まれて数十人体制で奮闘している状況だった。
やっと一体を倒しても気が抜けない。新たな敵が振り上げた巨大な腕を躱しながら、わたしはブレードを新しいものへ交換する。
「旅先ならのんびり本でも読みたいのに!」
「すぐに巨人が突っ込んで来るだろうがな」
「旅先なら野戦糧食以外の食事がしたい!」
「むしろ俺たちが食糧になる方が早そうだ」
ん? 命を懸けた壁外調査の最中にする会話じゃないって?
現実逃避でもしてなきゃ巨人討伐なんてやってられないよ!
「ユトピア区以外なら王都で貴族並に豪遊するのも最高だと思います!」
「やめておけ。反吐が出る。その場所に比べたら『ここ』がまだマシだ」
そんなやり取りを兵長とすれ違いざまに交わし、わたしたちはそれぞれ苦戦している班めがけて援護に赴いた。
移動途中に仲間の上半身を惨く食べている長髪巨人の姿が目に入って、この戦いの終わりが一向に見えないことを思い知る。
この調子じゃわたしの夢へ至るにはまだまだ果てしなく遠い。いつか壁の外側だろうと関係なく旅がしてみたいのに。
「それどころか最近じゃ壁内旅行さえ難しくなってるよね。あーあ。せっかく前の給料で紅茶色の素敵なトランク買ったのに、しばらく使う予定なさそう。そもそも使う前に死んじゃうかも?」
呟いて、わたしは屋根から宙へと飛び出す。風の唸り声を聞きながら一気にガスを吹かし、不気味な笑顔を振りまく巨人の背後へ距離を詰めた。
「だってほら、こんなのいつ殺されてもおかしくないし」
ブレードを持ったまま腕を大きく振り、巨人の正面にいる仲間たちへ突撃のタイミングを合図する。
「――まあ、それで諦めるつもりはないけどね」
わたしはわたしを好きに使う。
生かすも殺すも、わたし次第。
好きに生きて、好きに死のう。
だから――
「お前たち巨人に殺されてやるもんか!」
周囲と連携した総攻撃で巨人の腕と足の腱を断つ。相手が体勢を崩したところで止めの一撃。
「捉えた!」
わたしはブレードを巨人のうなじへ叩きつけた。
討伐したのと同じタイミングで、離れた場所にいる兵長が二体を同時に倒していた。さすがとしか言えない、常人離れの芸当。
とりあえずやっと無事に市街地を離れることが出来るので、ほっとしつつも返り血の酷さに辟易した。
「うわあ……」
巨人の血はその肉と同じようにやがて蒸発して消えるとはいえ顔くらい拭きたい。
そう思っていたら綺麗な布が差し出される。兵長だった。有り難くそのハンカチを使わせてもらう。
「ありがとうございます。――ところで兵長はどこか行きたい場所ってありますか?」
すると兵長は考える素振りもなく一言。
「お前がいるなら、どこでも」
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