進撃短編 | ナノ

5日遅れのハッピーバースデー

「ぺトラただいま!」
「リーベおかえり!」

 一週間ぶりの調査兵団本部。理由はただの帰省だ。実家のあるクロルバ区へ。とことん反対された調査兵を志願した親不孝でもたまにはしている親孝行。

「はいこれお土産、クロルバ区名物のご当地クッキー! 知る人ぞ知る美味しさ!」
「ありがと、噂に聞いてから一度食べてみたかったのよ。――久しぶりの実家はどうだった?」
「あー、うん……とにかく疲れたよ……親からは退団して身を固めろって言われるわ言われるわ……」
「大変だったみたいね、お疲れ様。良かったらこれから食堂でお茶飲まない?」
「最高!」

 嬉々として通路を並んで歩きながら私は訊ねる。

「この一週間、兵団で何かあった?」
「うーん、特筆すべきことを挙げるなら――」

 ぺトラが言った。

「兵長の誕生日会くらいかしら」





 しまったあああああああああああああああ!

 忘れてた! 完全に! 頭から! 吹き飛んでいた!

 兵長の誕生日を!

 もう5日も過ぎてるよ! 何度日付を確認しても! 思いっきり過ぎ去ってる!

 何やってんの! 私のばか! 本当にばかああああああああああ!

「あの、リーベ……大丈夫?」

 無人の食堂で机に突っ伏し撃沈している私の前にぺトラがカップを置きながら様子を窺う。

「大丈夫じゃないよおおおおお! どうしよう! これから祝おうにも色々問題が! タイミングは外しまくってるしプレゼントは何もないし用意しようにも行きに実家へのお土産と帰りに兵団へのお土産を買ってお金もないし!」
「……もうこのクッキーあげたら? ちょっとラッピングに凝ったらそれらしく見えるし。兵長の分もあるでしょ?」

 お土産に渡したばかりの小袋を示されて私はうなだれる。

「それが……幹部用にはまとめて箱入りで買っちゃって……さっきハンジ分隊長に渡しちゃった……」

 やれやれとペトラにため息をつかれて、もう縮こまるしかない。

「仕方ないわね。じゃあこれ返すから個別で兵長にあげなさいよ」
「それはやだ……! せっかくペトラに買ってきたのに……!」

 ありがたすぎる申し出だがさすがに受けられないので断る。
 その判断を見越していたのかペトラもそれ以上は口にせず、小袋のリボンをほどいてクッキーを食べ始めた。

「評判通りおいしいわね」
「でしょ? 生地にこねてある特製パウダーが味の秘密みたい」
「で、話を戻すけれど。――気にしなくても構わないんじゃない? 調査兵全員が参加していたわけじゃないし、兵長自身よりも周りが盛り上がって楽しんでいた節があるし」

 確かに兵長は誕生日にこだわる人ではないだろう。そういえば兵長って何歳なんだろう。噂で大体の年齢を耳にしたことはあるけれど確かめたことないし、確かめる勇気もないし。

 現実逃避の思考に走っていれば、ペトラがびしっと私を指さした。

「問題は、リーベが兵長の誕生日を祝えなかったと気にしている点よ」
「気にするよ!」
「じゃあどうするの?」

 言うか、言うまいか。

 お誕生日おめでとうございますの一言だ。

 でも、このタイミングで? もう5日過ぎてるよ? もう明日には年が明けるよ? 来年は850年だよ?

「もういっそ何も言わないとしたら……」
「兵長は気にしないだろうけれどリーベは気にするんでしょ?」
「そうなんだよね……それなんだよね……」

 でも、考えても仕方ない。悩んでも答えは出ないからだ。

「つ、次に兵長と会った時のタイミングとか雰囲気とかで考える! これでよし!」
「とか言ってるうちに兵長が」

 ペトラが私の背後へ視線を向けた。
 心臓が止まる思いで食堂を振り返れば――誰もいなかった。

「嘘よ」
「ぺトラー!」

 思わず睨んでも相手は笑うだけだった。

「ごめんごめん。でも、あんまり先送りにしない方がいいのは間違いないわ」

 ご当地クッキーをもう一枚咀嚼しながらペトラが言った。




 さて、どうしたものか。

 用事があるらしいペトラを見送って私は食堂に残り、ご当地クッキーを食べることにする。安さゆえの割れたものである。味はおいしいまま変わらないので自分用に買ったのだ。

 もしゃもしゃ咀嚼していると後ろから誰かが近づいて来た。

「何を食ってやがる」
「クロルバ区ご当地クッキーです。良かったらどう――ぞ!?」

 振り向けば兵長だった。
 割れクッキーを差し出したまま私は硬直する。

「うるせえ、何だ」
「いえ、あの、すみません……」

 小さくなっていると、じっと顔を見られるのがわかった。なぜだろう。もしかしてクッキーが顔についてる?

 口元を指先で軽く拭っていると、

「お前、最近見なかったな」
「へ? あ、ええと……休暇を頂いて実家へ帰っておりました」
「そうか」

 そして、沈黙。

 どうしよう、気まずい!

「ど、どうされました? 何か食堂に用事ですか?」
「お前が俺に用事があるらしいから聞いてやってくれと休憩していた部屋をペトラに追い出された」
「…………」

 な、何だってー!
 ひどいよペトラ! こっちにも心の準備が!

「で、何だ」
「ええと、あ、その、うーん……用事といいますか……私が一方的に言いたいことと申しますか……」

 もうだめだ。腹を括るしかない。覚悟を決めよう。

 私は深呼吸をしてから椅子を下り、その場で正座して頭を下げた。土下座だ。

「お、お誕生日おめでとうございましたあああ!」

 言った!
 言ったよ!
 よく言った!

 心の中で自分を褒め称えていると、

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 待っていたのは長い沈黙だった。

 そりゃあそうだよね。今更って感じだよ。

 でも、私は言いたかった。伝えたかった。

 この人の生まれた日が素晴らしいものであることを。

「――それがお前の言いたかったことか」

 低い声に、私は頭を下げたまま頷く。

「そうです。……ご迷惑だったならすみません。足まで運んでもらったのに」
「いや、そうじゃねえ。……もっと違うことを言われると思っただけだ」

 どこか拍子抜けしたような呆れた声の響きに私は頭を上げる。

「え? あの、何て言われると思ったんです?」

 首を傾げれば顔を背けられた。

「気にするな。そのうち俺から言うつもりのことだ」

 そして兵長は私の食べかけのクッキーへ手を伸ばしてぱくりと食べた。

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5日遅れの兵長ハッピーバースデー2015記念

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