おいしくいただきます
ここは調査兵団旧本部。
さっき見た光景を真似して、私も手を噛んでみた。具体的には親指の付け根より少し下の部位だ。
私は特別作戦班ではないのでそうする必要性はなかったが、好奇心というか興味本位というか、ただやってみたかったのだ。
がぶり。
「……何してやがる、リーベ」
怪訝そうな声に視線を向ければ兵長がいた。誰もいないと思っていたのに。
「いえ、何となく」
私は口から手を離す。見ればくっきりと歯形が付いていた。
「思うんですけれど、人間の肉で一番おいしいのは『ここ』じゃないですかね? から揚げにでもしたら美味な気がしません?」
「やめろ気味が悪い」
他にも考えた調理例を挙げようとすれば、心底嫌そうな顔をされた。私はつい唇をとがらせる。
「ええー、ハンジ分隊長なら乗って来てくれるのにー」
「お前たち奇行種の班に周りが合わせられると思うな」
兵長は誇り高い叡智の結集たる我らハンジ班を何だと思っているのだろう。
「そんなこと言って、副長が泣きますよ? ただでさえ最近はお酒を飲む量が増えてるんですから」
「誰のせいだ誰の」
「まあ、最近は忙しくてそんな時間がないのが事実ですけれど」
ところでもしも巨人を屠ってもその肉が蒸発することさえなければ私たち人間で食べることが出来ると思いませんかと言いかけたが、また兵長の気分を害することになるだけだと考え直して口を閉じた。
でも巨人を食べることが出来るようになったら世界は劇的に変わると思う。何せ貴重な肉だ。気味悪いと思う人もいるだろうが、きちんと処理をして綺麗に切り分けて他の動物の肉と同じように並べていたら気にならないんじゃないかな。動物の肉だって原型そのままじゃ大半の人は遠慮するだろうし。
巨人の肉に可能性があるのなら他にも利点はある。巨人に食われるしかなかった人類の立場が、食うか食われるかというある意味では対等なものになれるのだ。圧倒的な力を前に諦観と絶望しかなかった人々の意識に変化が起きることは間違いない。
税の無駄だと疎まれる調査兵団だって、巨人の肉をゲットすれば勇敢な狩人と持て囃されるかもしれない。
とはいえ夢物語だ。いくら考えたところで結局は蒸発して消えるからね巨人は。だから私は巨人の肉から人間の肉へ意識を戻す。そっと、自分の二の腕に触れた。
「この部位もおいしいんじゃないですかね? 兵長はどう思います?」
訊ねれば、兵長はため息をついてから仕方なさそうに口を開く。
「……格別に美味いものや貴重なものは基本的に少ない部位を指す。肉もそうじゃねえのか」
「あ、確かにそうですね。知識として私も聞いたことがあります。滅多に食べられませんけれど肉も同じですよ」
じゃあやっぱりおいしいのはここかな、と私は歯形の付いた手を眺める。
すると、
「違うだろ」
「え?」
まるで私の心を読んだような声に顔を上げれば、いつの間にか兵長がかなり近くにいて、私は瞬きすることしか出来ない。
そして、
「俺が一番美味いと思うのは――」
がぶり、と唇に噛みつかれた。